第2話⑥ 作戦
「さっさと動け」
兵士に突き飛ばされ、真っ青な顔をしたハッカーがよろめきながら歩く。その後をスマグラー、ジェニファーが付いて行く。
3人はサーバールームから地上へ移送中だった。
監視する兵士の人数は少ないが、抵抗できる力も3人にはないため、大人しく連れられてエレベーターに乗せられる。
「大丈夫?」
ジェニファーは小声でハッカーに声をかけた。切り落とされた腕は、スマグラーの持っている医療キットで応急処置されているが、出血量が多いため今にも倒れそうだ。
ハッカーは震えて、虚ろな目をしながらも、心配そうにのぞき込んでくるジェニファーに視線を向けて、微かに微笑んで見せる。言葉を発する力もないが、彼なりに安心させようとした優しさなのだと、彼女には分かった。
体が少し軽くなるような感覚から、エレベーターの減速が分かる。地上が近い。
ジェニファーはゆっくりと動きながら、そばにいる兵士の手を取る。
少し驚いたように振り返る兵士とジェニファーの目が合う。
「……なんだ?」
「……あぁ、トイレ……かなぁ~」
「我慢しろ」
「はい」
「すみません、すみません。ダメでしょ。ジェニファーちゃん。おとなしくしてなきゃ」
その様子に、スマグラーは慌ててジェニファーを後ろから抱きしめて引き下がる。
そして、エレベーターは地上に到着して扉が開いた。
怯えた表情の面々の中、ジェニファーだけが薄っすら笑みを浮かべていた。
☆ ★ ☆
サーバールームでは大佐とβの兵士たちがα全滅の報告を受ける。
監視カメラなどの映像を解析し、全員で共有していた。
たった3人にαが全滅したことに、ある程度の衝撃を受けているようだが、取り乱す者はおらず、いたって冷静である。
「3人のうち、1人負傷。やはりゲイリー・フォノラズが最大の脅威ですね」
救出組とαの戦闘風景を見て、兵士が大佐に問いかける。しかし、大佐の気になった所は別にあったらしく、気のない相槌のみ。
大佐はゲイリーではなく、もう一人の生き残り、トウマに目が奪われていた。素早く特徴的な動きにステップ、そして鋭い攻撃。それは、自分たちも馴染みのあるもの。つまり、ヴァンフォールだ。
「いい動きだ。筋もいい。鍛えがいのありそうな坊やだ」
マスクの中でニヤリと笑う大佐は踵を返す。
「どれほどの敵であろうと、システムをこちらが掌握している以上、奴らに勝ち目などない。これよりαの弔いに行く。準備はいいか?」
その言葉に兵士らが気合いの入った答えが返ってくる。
大佐はその返答を背中で聞きながら、部屋を出た。
☆ ★ ☆
戦闘のあった廊下を切り抜け、ようやく到着した目的地は、中央に円筒状の装置が天高くそびえ立つ広間だった。まるでコンピューターの中にいるような錯覚を覚える場所だ。
「データではここにシロウ・カイロが閉じ込められてるって話だが……」
スペシャリストを担ぎながらトウマは周囲を見渡して言うが、ここには人を閉じ込められるような所はない。
「ここまで来て、ガセ?」
「そうでもないよ」
背後から声がしたので振り返ると、そこには白い服を着た優男が立っていた。画像で確認したシロウだ。
「ようこそ。私の独房へ」
シロウは表情を変えずに話す。
「よく来てくれた……と、言いたいところだけど、君たちはこの監獄のシステムを乗っ取れていないようだね」
そう言いながら、シロウはトウマたちをすり抜けて中央の円筒の装置を見上げる。彼はホログラムだった。
「この装置はね。電気羊を生かし、隔離するための物。いわば生命維持装置であり、逃げられなくするための監獄でもある。この場所で、電気羊はずっと動き続けている。休むこともなく、ずっと、ずーっとね」
「あんた……シロウなんだよな。恥ずかしがり屋かい? 本体はどこに?」
「本体とは、何をもって『本体』と言っているんだい? もし、生まれ持った肉体を意味しているのなら、当の昔に捨ててしまったよ」
「えーっと。じゃぁ、あんたをここから逃がすにはどうすればいいんだ?」
「君たちは僕を助けに来てくれた。でも、どのような形であれ、監獄を出るにはシステムの権限を奪い必要がある」
「さっき話してた電気羊がどうのってやつ?」
「……当然のことじゃないか。電気羊は僕で、僕は電気羊なんだから」
シロウはある時、自身の構築した情報クラウド・電気羊に意識をダイブさせて肉体を手放した。難しいことを説明していたが、トウマの理解できる限りでは、彼はデータ上に生きる『電子生命体』になったのだとか。にわかには信じがたいが、天才が言うのだから、そうなのだろう。例え、目の前のシロウが生前にプログラムされたデータだろうが、彼の言う電子生命体だろうが、彼を逃がす依頼内容には変わりはない。
シロウはネットワークにつながりさえすれば、自由に移動ができる。しかし、監獄はそのネットワークとのつながりを遮断しているため不可能。地下からのデータは、地上の基地に集約され、高い防護壁によって敷地から抜け出すことができないとシロウは説明した。運び出すには、電気羊=シロウをハードディスクに移して持ち出すしかないが、それは監視システムが妨害するだろう。無理に強行すれば、強制的に電気羊をデリートされる恐れもある。
もし仮に、ハッカーが予定通りにシステムを乗っ取っていれば、トウマらは手近なデバイスにシロウを移すだけで任務は終了していた。しかし、こうなってしまえば諦めるか、強硬手段しかない。
つまり、やはりシステム権限の奪取が最優先と言うことだ。しかも、相手にデリートさせることなく。
「どの道、こっから出るには地上に出るしかない。3つに分かれ、敵の戦力を分散させて、成功率を上げよう」
怪我の応急処置を済ませたスペシャリストが、シロウの用意した図面を見ながら指示を出し始める。
「あんた、怪我をしてるが大丈夫か?」
「足手まといになるくらいなら、一人で死んだ方がマシだ」
心配するトウマに、スペシャリストは鼻で笑いながら、マスクを脱いだ。下からは汗で濡れた髪が流れ落ち、顔があらわになり「ふぅ」と一息つく。
美形だが目つきの鋭い女性だった。
「えぇー」と驚くトウマと感情の読めない無表情のゲイリーを他所に、スペシャリストはアサルトキャノンの準備をする。
「お、女の人だったの? 絶対、厳ついオッサンだと思ってた!」
「女だったら問題か? 大事なのは生き残れるかどうかだろ。さっさと始めよう。敵はすぐにでも攻めてくる」
スペシャリストは手早く準備を済ませて立ち上がる。
「なぁ、やっぱり、あんたは怪我もしてるし、ここに残った方が……」
「しつこいぞ。お前もプロなら自分の役割を全うしろ!」
相変わらず心配するトウマに、スペシャリストは苛立ちながら言い捨てる。が、しばらくして向き直ると、軽くため息を吐いた。
「失礼なことを言ったな。さっきはお前に助けられた。礼を言ってなかったな。ありがとう。お互い、死なない様に全力を尽くそう」
「おう、頑張ろうな。スペシャリスト」
「シェリルだ。そう呼んでくれ」
「おう! 俺はトウマ・カガリだ。シェリル。いい名前だな」
「もちろん、偽名だ」
「……だ、だよな」
スペシャリスト=シェリルは軽く笑うと、踵を返して去っていく。
「いいですね」
残されたトウマの横に、シロウがいた。
「人と人との交流、うらやましい」
「うらやましいって、今、俺としてるだろ」
「データとしては理解していますが、肉体と共に多くのものを失ってしまいました。夢を見るとはどういった感覚なのか、食事を摂ることも、友と笑いあうことも、人を愛することも、全部忘れてしまいました……」
シロウは自嘲するような顔で話す。
「あんた、自由になったら、どうするんだ?」
「そうですね……ひとまず、休んでみたいです。この体では休む必要がないので、ずっと稼働しているので」
「休んでも生きてられるなんて、うらやましいぜ。俺なんて、いつだって金がないからさ。馬車馬みたいに働かないと死んじまう」
そう言って笑って見せるトウマに、シロウは少し不思議そうな顔をしながらも、笑みで返した。
扉の前にトウマが立った時、近づいてきたゲイリーが珍しく話しかけてくる。
「調子はどうだ?」
「いい風に見えるかよ。全然楽な仕事じゃなくてゲンナリだよ」
「ジェニファーは?」
「あの子はきっと大丈夫」
「作戦は?」
「いつだってプランはある。通信が復活したら合図だ」
それだけの会話。それだけで十分に理解できる。トウマはウィンクしながらグーパンチを出す。
「行くぞ」
「……おう」
トウマはゆっくり手をポケットにしまうと、2人は部屋を出て行った。
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