第2話⑦ 欺き①
ゲイリーの歩く先では常に銃声と爆音が鼓膜を震わせる。
彼の進行を妨害するため、集まった多くの兵士たちが高火力の銃器を持ち出してきた。通常であれば、今頃は肉片すら残っていないであろう攻撃の中、ゲイリーは散歩でもするように悠々と歩く。大口径の弾丸はへしゃげて床に落ち、爆炎や爆風はせいぜい服の汚して嫌な顔をされる程度。しかし、標的から逸れて壁などに当たった時の被害を見る限り、決して威力が低いわけではない。
さながら、大昔に子供を熱中させた怪獣映画の、人間の努力空しく街を破壊しながら突き進む怪獣のシーンを彷彿とさせる。
ゲイリーは服に付いた塵を不愉快そうに叩き払うと、前方の兵士へ両手を出して払う仕草をする。すると、見えない圧力が兵士らを襲い、後方や壁に吹き飛ばした。
「化け物か! まるで攻撃が通うらんぞ」
兵士の一人がジリジリと後退しながら、悪態をつく。それは周りの者たちも同意見だった。相手は『あの有名な』ゲイリー・フォノラズだ。噂通りの人物ならば、殺すことはできないと分かっていた。動きを封じることさえできればいいと。しかし、ここまで異次元の化け物とは想定していなかった。
「エアバッグを使う」
援軍に来た兵士たちがアサルトキャノンに似た銃を構えると、邪魔にならないように兵士たちが道を開けた。
引き金を引くと鈍いコルク栓を抜いた時のような音と共に、こぶし大ほどの円筒物が発射される。それは空中で開くと、中から黒い球体が放たれる。
ゲイリーは手を掲げ、その球体を捕まえた。粘着性のある表面が、掌に貼りつく。怪訝な顔で球体の正体を見ようとした途端、その球体が破裂音のような音を立てて一瞬で膨らみ巨大化。ゲイリーの肘まで飲み込む。
驚いて腕を振るが、球体はぎっちり腕に貼りつき取れない。しかも、さらに膨張を続けている。
ゲイリーが明らかな不機嫌顔に眉を吊り上げて睨みつける頃には、兵士たちはエアバッグと呼ばれる捕獲用の弾を連射。黒い球体はゲイリーの体中にくっ付くと、膨張して彼の体を圧迫し、ついには膝を付かせた。地面などにもくっ付くため、床や壁に一度でも触れれば、そこから身動きが取れなくなる。
ゲイリーはもがいて抵抗するも、次々と黒い球体が体に付き膨張。あっという間に通路を覆いつくし、黒い壁のようになってしまった。
もうすぐ黒で塗りつぶされるだろう自分の視界に、ゲイリーは舌打ちをした。
☆ ★ ☆
スペシャリスト=シェリルは狭いダクトを腹ばいになって進んでいた。
余分なアーマー部分を取り除けば、女性の彼女なら通れるルートだ。ここを抜ければ、包囲網の外に出られるとシロウが教えてくれた。
ゲイリーが兵士らの視線を釘づけにしているうちに、彼女は迂回ルートで裏をかいて地上に戻る。
折られた片腕のせいでうまく進めない。鎮痛剤で痛みはないが、閉塞感もあり息苦しく、嫌な汗が流れていた。
ダクトの出口にたどり着き、周囲に人影がないことを確認してから音を立てずに忍び出る。バッグに収納していたアサルトキャノンを組み立て構えた時に、彼女は自分の過ちに気付いた。
「あぁ、クソ」
彼女の前に臨戦態勢を整えた数名の兵士が現れる。
つまり読まれていた。
☆ ★ ☆
廊下を進む一人の兵士はエレベーターへと向かっていた。
耳を立てれば、他の兵士たちがゲイリーを撃退すべく大量の無駄弾を撃っているけたたましいノイズが遠くから聞こえてくる。
兵士は駆け足で角を曲がるとエレベーターの扉の前に兵士が一人立っていた。
マスクに赤い塗料で狐の絵が描かれている。
大佐だ。
「どうした?」
「……ハッ。申し訳ございません。侵入者の一人に不意を突かれました。逃亡したので追跡したのですが……こちらには現れていませんでしたか」
兵士は背筋を伸ばし、居ずまいを正す。
「他の者は?」
「自分以外は死傷し、動けませんでした」
「どうして連絡しなかった?」
「マスクの構造を把握しており、不意を突かれた際に内部システムにダメージを与えられたらしく、通信手段が取れませんでした」
「こちらに逃げ込んできたのか?」
「はい、どこかに隠れているのかも。素早い男でしたから……」
「ここまでたどり着ければ大したもんだな」
「そうでしょうか、見た目は冴えない感じでしたが」
大佐は周囲を確認するように頭を動かす。
「いや、大したものだよ」
兵士は気付かれない様に、体を横に滑り込ませ銃を上げる。
「そうだろ、坊や?」
兵士の真下から閃光がきらめく。咄嗟に半歩距離を取った兵士のライフルは真っ二つに切断され、マスクの表面を割る。
「高周波ソードかよ!」
割れたマスクの間からトウマが驚きの声を上げる。
「ったく、どんだけ良い装備を揃えてるんだよ」
後ろに下がって距離を取るトウマはマスクをかなぐり捨てる。
「いい動きだ。普通なら頭を割られていたのに」
大佐はトウマを称賛する。
「ゲイリー・フォノラズに大半を相手させ、少数になった部隊を襲撃。通信機を破壊して連絡を遮断し、声を変えて兵士の一人に成りきる。ここにいれば、お前が来るだろうと思って待っていたが、短時間でよくここまでやったもんだ」
「嫌味にしか聞こえねぇな」
「褒めている。殺すには惜しい逸材だと」
大佐はブレードをしまうと構える。
「お前のヴァンフォールを見せてみろ。教育してやる」
自信にあふれた構えに、トウマも同じ構えを取った。
兵士たちと戦っている時にトウマも、彼らがヴァンフォールを使うと気付いている。目前のとこは雰囲気や態度から、おそらく親玉だ。倒して進むしか道はない。
ジリジリと距離を詰める。
相対するだけでも分かる。今までの兵士とはヴァンフォールの練度が違う。
互いの間合いに入った瞬間、示し合わせた舞踊のような動き。相手よりも優位な立ち位置を確保し、相手の動きを誘い、相手の隙に食らいつく。
いわば陣取り合戦に近い。
最初に仕掛けたのはトウマ、だが大佐はそれに反応して逆に仕掛ける。
幾度も相手の手を弾き、足を躱し、拳を流し、蹴りを止める。
常人では追えない速度での攻防を繰り返し、大佐の拳がトウマの顔面をとらえる。
自分が殴られたことに驚きながら後ずさるトウマ。
大佐からの追撃はない。できなかったのではなく、あえてしなかったのは、その余裕な様子を見れば分かる。
「素晴らしい反応速度だ。だが、まだまだだ」
「おちょくってんのか? 性格悪いぜ。あんた」
「よく言われる。さぁ、もう一度」
大佐に挑発され、トウマは幾度と仕掛けるが、僅かに大佐の攻撃が先にトウマに入る。顔を殴られ、足を蹴られ、腕を捻られて、無残に地面に這いつくばる。
何度悪態をついても結果は変わらない。
「実力の差だ。諦めろ。坊や」
勝ち誇った大佐の声が、地面を這うトウマの頭上から聞こえてくる。
「時間稼ぎをしても無意味だ。私をここで引きつけている間に、他の者に期待しているのだろうが……ゲイリー・フォノラズはすでに確保した。もう一人いた女も、すでにルートを把握し、無力化されるのも時間の問題だ」
すべてを見透かしたように話す。
「お前に残された道は2つだ。このまま私に殺されるか、考え直してこちらに付くか」
「正気かよ。俺は敵だぜ」
「お前らにおかげでこちらもかなりの被害が出た。このまま、お前らを殺すのは簡単だが、引き込めば戦力になる。特に、私はお前を買っているんだ。負けを認め、手を取れ。お前を鍛えてやる」
「………………ぷ」
あまりにも自信に満ちた大佐に、トウマは思わず吹き出した。その笑いは次第に大きくなり、大笑いに変わる。
「何がおかしい?」
「いや、あんたがすっげー上から言ってくるからつい、な」
気でも触れたかと怪訝そうに首を傾げる大佐に、トウマは目の端に溜まる涙を拭う。
その時、施設内の照明が全て消えた。
「何が起きた?」
予想していない出来事に戸惑いの色を見せる大佐。その言葉は、トウマにではなくマスク越しにシステムを管理するオペレーターに向けての言葉だ。
しかし、返答はない。
「貴様……!」
暗い館内だが、マスクの暗視機能でトウマの姿は丸見えだ。彼は相変わらず、床に腰を下ろしているが、不敵な笑みを浮かべていた。
「あんた、俺たちを甘く見てたな。俺たちだって素人の寄せ集めじゃねぇんだ。俺の選択肢は2つだって? そりゃ大きな間違いだ。あえて、あんたに一つ提案してやる。怪我する前に、この件から、手を引くんだな」
トーンを落とし相手を威圧するように言いながらトウマが起き上がりかけた時、施設内の照明が何事もなかったかのように付いた……
明るくなった施設内で、起き上がろうとしたまま固まるトウマとそれを見下ろす大佐。
「……あー……ごめん。仕切り直させてもらっても?」
思っていた展開と違ったトウマは、上げた腰をゆっくりと床に戻す。
『……ぁ? ………………! ん?』
トウマの耳に仕込んだ通信機と大佐のマスク内に同じノイズが聞こえた。それは次第にはっきりとした声になる。
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