第2話⑤ 奇襲②

 救出組は、警備との接触もなく順調に進んでいた。

 アサルトライフルを構える先頭のスペシャリストが、扉の手前で片手を上げて停止する。

 見れば、その先は2階まで吹き抜けの廊下。両側には扉がいくつかあり、2階部分は両脇に通路があっておそらく同じように扉が並んでいるのだろう。2階部分の通路は、胸辺りの高さまでコンクリートの壁がある。

 待ち伏せにはちょうどいい場所だが、ルート的にはそこを突っ切るのが一番早い。

「ハッカー。警備の状況はどうだ?」

 マスク内に仕込んだ機器でスペシャリストは交信すると、ハッカーからは単調な声で『問題ない。連中、ドーナッツで一息ついてるよ』とのこと。

 スペシャリストは少し考えるような仕草を見せた後、デバイスを操作して周囲をもう一度確認した。

「安全かい?」

 トウマが肩越しで尋ねる。

「あぁ、問題ない。念のため熱探知も見たが、反応はなかった。急ぐぞ」

 スペシャリストは相変わらず冷たい感じで話してから前へと進む。

 後に続く、トウマとゲイリー。

「なぁ、ゲイリー。気になってたんだけどさぁ」

「……?」

「その着てる服って、見たことないけど」

「新調した」

「いくらしたの?」

 ゲイリーがトウマを見ながら、3本の指を立てる。

「3……百? ……千かな~? ……万?」

 最後にゲイリーが意味ありげに口角を軽く上げる。つまり3万で購入した。

「なんでそんな高いの買うだよ! うちにそんなお金はないよ! こちとらヌードルすらツケで食ってるってのに」

「金なんてその辺に腐るほど溢れてるだろ」

「その溢れるほどある周囲のお金は、俺たちのもんじゃないんだよ!」

「おい! 何を騒いでる! 静かに……ガっ!」

 トウマらの会話が熱を込めてきたので、我慢の限界に達したスペシャリストが苛立ちながら窘める。しかしその時、通信装置から鼓膜を突き抜けるような大音量で異音が流れる。

 それは通信を妨害されたジャミング音だ。

「クソっ」

 即座にマスク内の通信を切り、銃を構えて周囲を確認するスペシャリスト。

 彼らのいるのはちょうど廊下の半ば。

「……おい、うっそだろぅ!」

 思わず上擦った声がトウマの口から漏れた。

 廊下の両端の扉が突然閉まり、電子ロックされたかと思えば、一斉に2階の廊下から銃を構える者たちが現れて銃口を向けた。揃って黒いアーマーに身を包み、フルフェイスのマスクを被る。動きを見れば、適当に寄せ集めたゴロツキでないことは分かる。洗練されたプロの傭兵だ。彼らが身を包んだスーツによって、先ほどのスペシャリストの赤外線センサーに反応しなかったのだろう。

「武器を捨てろ」

 完全に虚を突かれ、囲まれた救出組に対して、兵士のリーダー格が言った。

「我々は完全に地の利を得ている。抵抗しても無駄だ」

 1階から2階の通路は死角が多いのに対し、その逆は丸見えだ。

「最後の警告だ。武器を捨て、降伏しろ」

 兵士たちの引き金に掛けられた指がいつでも撃てるようにと力が入る。

「むかつくな……やっちまうか」

 ゲイリーが恐ろしいことを呟く。

「ちょ、ゲイリー。止めろって。危ないだろ」

 トウマが慌てて呟く。

「問題ない」

「お前の心配なんてしてないよ。めちゃめちゃ銃を向けられてるの見えるだろ」

「あいつらの持ってるのは銃じゃねぇ、おもちゃだ」

「そのおもちゃで撃たれても、俺は死んじまうんだよ」

「何をごちゃごちゃ言っている!」

 兵士の鋭い言葉に、 トウマが両手を挙げ、あえて大きな声を出した。

「はいはいはい。降伏しま~す」

 勢いよく挙げた手には隠し持っていた閃光弾。上空に投げられたそれは、眩い光と破裂音を立てて一瞬、視界を遮った。

 次の瞬間には、無数の銃声と共に2階から弾丸が降り注ぐ。

 スペシャリストは即座に発煙手榴弾を取り出すと煙幕で身を隠した。と言っても、相手の高性能なゴーグルから逃げ切れるとは思えない。

 アサルトライフルで応戦しながらも、動き続けて身を隠せるところを探す。

 トウマはゲイリーに隠れながらも、ハンドガンで発砲。正確な射撃で兵士の頭を出した所を撃ち抜くも、軽い音を立てて弾かれてしまう。

「そりゃ、防弾だよな。直接狙いに行くか」

 トウマは軽く舌打ちをしてから、廊下の端に設置された階段まで走ってから駆け上がる。2階の通路に転がりながら到着して数度発砲。先ほどと同じく、弾かれる。

 トウマはポットから特殊な弾丸を取り出して薬室に押し込むと、片膝を付き、両手でしっかりと固定して引き金を引いた。先ほどよりも格段にデカい銃声と反動をさせながら、弾丸は兵士の胸に直撃。衝撃に後方に吹っ飛んだ。

「かぁ~。やっぱハンドガンで強化弾は無理があった。こんなことしてたら、銃身(バレル)が歪んじまう」

 しびれた手を振りながらボヤくトウマだが、撃たれた兵士は平然と起き上がるのを見て、ゲンナリとため息をつく。

「こりゃ、銃じゃダメだな」

 ポケットのケースに入ったタブレット(錠剤)を取り出し、口に放り込む。


 ドープ


 そう呼ばれる薬物だ。精神的な高揚や身体機能を向上させる効果があり、トウマが体に施したカフィール手術とも相性がいい。

 錠剤を嚙み砕くと、全身の血が逆流するような感覚に陥り、気分がハイになる。トウマが左手の手袋を外すと、彼の手の甲には筋に沿って金属片が埋め込まれている。

 左手をかざすと電磁波が放たれ、迫りくる弾丸が軌道を変える。

「反撃開始だ……ぁ?」

 一気に距離を詰めようと踏み込んだ先には、床がなくなっていた。



 トウマが離れた後、ゲイリーは銃弾の飛び交う中でただ立ち、優雅に葉巻を吹かす。平然とする様子に、今ではほとんどの兵士が一斉放火を浴びせていた。無数の弾が彼を狙い襲いかかるも、寸での所で急ブレーキをかけたように止まり落ちるか、軌道が逸れて飛んでいく。まるで弾丸がゲイリーに恐怖して避けているかのように。

 と、その時、一発の弾丸がゲイリーの膝を直撃して、片膝を付く形となった。

 通常弾では効果がないと分かると、兵士らはより強力な強装弾に切り替えたのだ。その弾丸が、ゲイリーの周囲にある見えない障壁を解き破り、肉体に到達した。強装弾は次々とゲイリーに着弾。膝を付くゲイリーのこめかみに一発。そして胴体に数発。衝撃に頭は揺れ、胴体は折れ曲がる。

 ゲイリーが倒れてからも発砲は止まない。

 理由は、ゲイリーが死んでいないからだ。

 通常ならば容易に貫通するはずの威力の弾丸が、彼の体に触れてへしゃげて床に転がる。つまり、肉すら抉っていないことになる。撃ち続けることで、動きを封じている。

 しかし、そんな努力も空しく、ゲイリーは弾丸の雨の中、立ち上がる。クールで無表情だった顔には、怒気が滲み出ており、吊り上がった目で兵士たちを一瞥。

 両手を掲げると、何かをつかむような仕草を見せ、振り下ろした……。


 2階両側の通路に亀裂が入り、崩壊した。


 轟音と共に通路の落下で土煙が起こる中、ろくに受け身も取れずに落下して呆然とする兵士らに、ゲイリーが突っ込んでくる。目前の煙を掻き消すように姿を現したかと思うと、兵士の頭を壁に踏みつける。あまりの勢いに壁は崩壊し、兵士は動かない。その光景を見た者は、小さく悲鳴を上げるのが限界だった。

「俺のお気にの服に、穴……開けやがったな」

 相変わらずの怒り顔に、寒気を覚えるほどの冷静な声。

 それでも戦意を失わず、兵士たちは銃を構え、発砲し続ける。


 暴虐無人。


 いかなる弾丸をも無効にするアーマーですら、ゲイリーの前では紙の鎧と同じだったようだ。まさに暴れ狂う獣のごとき暴力に、兵士は殴られ、蹴られ、投げられ、叩きつけられる。

 


 形勢が逆転したのを機に、スペシャリストも動く。

 未だふらつく兵士たちが体勢を整える前に、弾丸を浴びせながら接近。ハンドガンを取り出してマスクとアーマーの間に銃口をねじ込んで引き金を引く。そして標的を変えて、同じことを繰り返す。

 しかし、それも3人目になれば、狙いが読まれてうまくはいかなかった。

 接近したとたんにアサルトライフルの重心を掴まれ、そのまま捩じられて天地が逆さまになる。関節を極められ動きが封じられたが、何とか逆の手に持つハンドガンで発砲。兵士は軽く頭を逸らして避けながら、スペシャリストの腕をへし折った。

 嫌な音を立てるが、それには反応せずにハンドガンで相手の顔面に数発お見舞い。大した効果はなかったが、手が離れたおかげで転がりながら距離を取った。

 起き上がろうとした時、脇腹に鋭い痛みと衝撃が走る。

 撃たれた。

 さらに後方に転がり壁にぶつかり、うなだれたまま動かなくなった。

 アサルトライフルを構えて近づく兵士はスペシャリストの足を数度蹴り、反応がないことを確認して、止めを刺すために銃口を上げた時だ。

 スペシャリストの足が跳ね上がり、銃口を蹴り上げると同時に、アサルトキャノンを取り出して撃った。装甲車の主砲として使われるものを改造した物で、銃声と言うよりも爆音に近い。反動も強いため、固定しなければ当たりにくい代物だが、壁に背を預け、さらにこの距離なら外れることはない。

 さすがの高性能アーマーも耐え切れなかったようで、大穴を開けた。

 後方に吹き飛ぶ兵士に気付いた敵が、スペシャリストに銃口を向ける。もはやここまでだろう。その攻撃を避ける術などない。

 そう自分の死を覚悟した。

 しかし、聞こえてくる銃声にスペシャリストの命が奪われることはなかった。

 瓦礫の中から飛び出してきた影が兵士らに発砲しながら接近したためだ。

 影は地面を滑る様に動くと、近くにいた者に飛び掛かり、マスクとアーマーの隙間を撃つ。そして、そのまま兵士も持っていたアサルトライフルを打撃武器のように持つと、向けられる銃口を逸らし、相手の首に引っかけ跪かせて、顔面に膝を入れる。顎の上がったことで生まれる隙間に銃口を入れて撃つ。影は標的をすぐに変え、発砲しながら接近。弾切れになると躊躇なく、ハンドガンを投げ付けて隙を作り、足をすくい地面に倒れ込んだところを自身の体の遠心力を利用して対象の首を捻じ曲げた。

 その影がトウマであると気付くのにスペシャリストはしばらくかかった。先ほどまでの男の動きからは想像ができなかったからだ。

 トウマは立ち上がると、弾丸を掻い潜りながら別の兵士の元へたどり着き、アサルトライフルを掴む。瞬く間に分解して無力化してから、顎や肩、胸に打撃を与える。が、その兵士はそれらをいなすと、銃を捨てて距離を取った。

 コンバットナイフを抜き構える姿は、トウマの構えと酷似している。


 まだ国家が成立していた時代に、一般兵がノックに対抗するために考案されたとされるもの。対ノック用零距離戦闘術『ヴァンフォール』。


 現在ではあまり知られていないマイナーな格闘術だ。

 その使い手が対峙している。

 トウマと兵士はお互いの間合いに入ると、しばらくはまるで息を合わせて舞踊をしているような動きをした後、トウマの縦拳が兵士の顎をとらえ、突き出されたナイフの腕の関節を砕き、掌底が脇腹を突いて、足を払う。宙に浮いた兵士の喉に手刀を振り下ろして地面に叩きつけた。

 周囲を見れば、すでに他の兵士も排除されている。静まり返った廊下にはトウマとゲイリーだけが立っていた。

「ゲイリー! 俺、2階の通路いたじゃん! な~んで、崩すの? 死にかけたよ」

「……死んでねぇだろ」

 近づきながら拳を突き出すトウマに、その手を華麗に無視して冷たくあしらうゲイリー。スルーされて行き場を失った拳を、トウマはゆっくりとしまいながら軽くため息を吐いた。

「やっぱり、簡単な仕事なんかじゃなかったな」

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