第2話④ 奇襲①
それはジェニファーの瞬きほどの出来事だった。
施設の警備システムをハックしたハッカーは、カメラのチェックやセキュリティーコードを取得することで順調に救出部隊(スペシャリスト)をサポートしていた。
「確かにここは金がかかってる。カメラだけじゃなく、生体センサーや動態センサーがかなりあるよ。ただ……依頼主の言った通り、ここの警備はガバガバだ。侵入されてることも気付かずに、通常通りの巡回をまだ続けてる」
カメラ映像を確認しながら、ハッカーは蔑むように笑う。
「チンケな警備会社に任せてるようじゃ、せっかくの設備も台無しだな」
ガンナーもつられて笑う。
「こ、この調子なら、私の出番もなさそうですね」
ジェニファーのゲームの相手をするスマグラーも、作戦の進行に胸を撫で下ろす。
「とうま。はやく帰ってこないかなー」
退屈そうにゲームをしながら口を尖らせるジェニファー。
室内の者たちの気が完全に緩んでいた時だった。
バツンッ
と音を立て、室内の明かりが消えたかと思うと、軽い破裂音と共に扉が開く気配。
ハッカーやジェニファーの持っていた端末の明かりで微かに映し出された室内に、黒い影が地面を舐めるように侵入したかと思うと、咄嗟に臨戦態勢を取り、銃を引き抜いたガンナーの腕に絡みつく。
ガンナーの銃が火を噴くよりも早く、彼の腕が嫌な音を立てながら内側に捻じれ、そのまま体が一回転して床に叩きつけられた。
部屋が暗転した時間は数秒もない。驚いて目を閉じ、開けた時には部屋中に黒いアーマースーツに身を包んだ者たちが占拠していた。部屋の真ん中で首を踏みつけられて身動きが取れないガンナー以外は、ろくな反応もできず幾つもの銃口を向けられて硬直していた。
制圧されたすぐ後に、赤い塗料で狐の絵が描かれたマスクの男が入ってきた。銃器の類を持っていないが、明らかに他の兵士よりも雰囲気が違う。ジェニファーですら、この男が指揮官であると理解できた。
「まずまずの成果だな……おや、ここはお嬢様方が来るところではないよ」
部屋を見渡す大佐は、作戦に対する評価をしながら、部屋の隅で大人しく捕まっているスマグラーとジェニファーに話しかける。
「迷子かな?」
2人に近づく大佐は、マスクで表情は見えないが笑みを浮かべているのだろうと予想できる。挙動不審のスマグラーは彼の接近に「ヒッ」と短く悲鳴を上げるが、ジェニファーは手を差し伸べて笑顔で返す。
「そうなの。おうちまで、えすこーとしてもらえる?」
無理に大人びて話す幼いジェニファーの姿に、見ている者たちは思わず微笑みが漏れてしまいそうになる。
大佐は「もちろん、喜んで」と茶化すように言いながら、彼女の手を取ろうとした時だった。2人のやり取りに、兵士たちも意識が逸れた一瞬をついて、ガンナーの背中が破裂音と共に弾ける。同時に上に乗って拘束していた兵士を吹き飛んだ。人体改造で背中に仕込まれた爆薬が爆発したのだ。爆風と共に散弾も撒き散らし、周囲を巻き込んだ。
起き上がるガンナーの目は血走っており、わずかな時間で薬物を摂取したことを物語る。捻じ曲がった腕の痛みを感じさせなくすることと、常人以上の力を発揮するためだ。
そばにいた兵士は不十分な態勢のまま銃を構えるも、ガンナーにタックルをかまされて吹き飛ぶ。
ガンナーは残った腕でホルスターから自身の銃を引き抜き、照準を定めようとした。
それは本当にわずかな時間で、あとは強化された肉体による連射でいつもだったら終わっている。
いつもだったら……
目視するには難しい程のガンナーの速度に比べれば、明らかに遅く動いたはずの大佐の行動の方が先に届いていた。
銃を向けたガンナーの手を掴むと、次の瞬間には銃は分解されており、握っていた指があらぬ方向を向く。同時に重心をかけている膝を踏み砕かれ、あばらを折り、顎を外す。一連の攻撃はまるで決まっていたかのように、ガンナーに吸い込まれ、人体を破壊。
声も出せずに崩れ落ちていくガンナーに、大佐はアーマーの背中部分に収納していたブレードを手に取ると振り抜いた。
一切の抵抗を感じさせることなく、空振りしたのかと思えるほど、刃が空を切る音しか聞こえてこなかった。しかし、ガンナーの体が真っ二つになって床に落ちれば、それが錯覚であると嫌でも理解する。
大佐はそのまま流れる動きで、こっそり操作パネルに手を伸ばしていたハッカーの腕を切り落としてようやく動きを止める。
腕を無くしたハッカーは、噴きあがる鮮血に数瞬だけ驚きの顔をしてから、絶叫した。
「つねに標的から目を逸らすなと言っているだろう。相手がプロなら死んでいたぞ」
ブレードを背中に収納しながら、大佐は諭すように言うと、爆風や散弾で倒れていた兵士たちが起き上がる。彼らのアーマーには傷や凹みすらない。
「申し訳ございません。大佐」
「次に生かせる機会があって良かったな」
頭を下げる兵士に、大佐は肩を叩く。
もはや抵抗する者などいない。ハッカーは痛みで泣き叫び、スマグラーはジェニファーを抱きしめながらガタガタと震える。
「わぉ! これは……きんきゅうじたいってやつだ」
ジェニファーは起きた状況を見ながら一人で呟いた。
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