第2話③ 侵入
助ける男の名前はシロウ・カイロ。天才エンジニアだ。
アルゴリズムを組める人材は貴重だ。組織やメガ・コーポも高い金を出して引き入れる。シロウもその一人。独自の情報クラウド「電気羊」を形成しており、さまざまなデータを溜め込んでいるという。その中には、ヤバいデータもかなりある。と言うことは、欲しがる人間も比例して増える。
集められたのは、ゲイリーとトウマ(あとはジェニファー)の他に、2丁のハンドガンを下げた大柄のガンスリンガー、小型デバイスを持った神経質そうなハッカー、常に周囲をキョロキョロ警戒する細身の女・スマグラー(運び屋)、一人で戦争するのかってくらいに武器を持つフルフェイスマスクのスペシャリスト。この7人でシロウを奪取する。
黒服の話では、今回の依頼は『捕らえられているシロウを監獄から救出する』ものらしいが、トウマたちにとってはどちらでも同じだ。後始末については黒服が手配しているとのことだが……どうだか。
「電気羊ってのは、そんなにスゲーのかい?」
「使う人間によってはとんでもない価値になるシロモンだな。逆立ちしても、俺には作れねぇ。そのシロウってのは神だな」
監獄内のサーバールームの一つ。
ガンスリンガーが周囲を警戒しながら訊ねると、ヘッドギアを付け、高速で指を動かしてシステムにハッキングするハッカーが答える。
「おしゃべりはいいから、さっさと済ませろ」
マスクに仕込まれたボイスチェンジャーで電子音混じりの声を潜め、スペシャリストはハッカーをたしなめる。言われた方は不快そうに顔をしかめるも、無言で作業に集中した。
監獄は、ダミーの屋敷の地下に設けられた施設。屋敷には警備にあたる兵隊たちが待機し、侵入者に目を光らせる。トウマたちは少し離れた場所から地下の通路を抜けて、警備の目を掻い潜り内部に侵入。セキュリティーを解除するため、サーバールームに忍び込んでいた。ここまでは黒服の情報通り、計画も順調に進む。
システムをハッキングするまでは、一時待機だ。部屋では他のメンバーもいる。ゲイリーは椅子に腰掛け、お気に入りのリボルバーを丹念に磨く。その隣ではスマグラーがチラチラと視線を送り気付かれようとするも、彼は一切気にかけていない。また他の隅では、ジャンク屋で買ったタブレットPCのゲームでジェニファーとトウマが遊ぶ。
「おい、何だよそれ。一気に黒に変わったんだけど」
「ひっさつわざ!うえのゲージがたまると使えるようになるよ」
「え? どこ? 俺の所にゲージなんてないぞ」
「とうまはレベル低いからむりだよ」
「卑怯じゃない?」
「ひっひっひー」
盤面に白と黒の石を置き、同色で挟むと間の石の色が変わる旧時代のボードゲームをアレンジしているらしい。ジェニファーのタブレットを間において、二人で交互に画面をタッチする。
「お前ら、何やってるんだ。いい加減にしろ。こんな所で遊ぶなんて正気か?」
ゲームで遊ぶ2人を、スペシャリストが無機質な声で非難する。それにムッとした様子で睨むジェニファーと、愛想笑いを浮かべて軽く謝るトウマ。その謝るトウマにも、ジェニファーは腹を立てた様子だったが、頬を膨らますだけで何も言わなかった。
スペシャリストはヘコヘコするトウマの姿に軽蔑を含んで鼻を鳴らす。
それからハッカーが自分の仕事を終えるのに、時間はさほどかからなかった。
ここからは時間との勝負だ。
さっさとシロウの場所へと辿り着き、救出して脱出だ。
「よし、ハッカーはここで指示。進路を常にカメラで確認をしろ。スマグラー。お前の役目は脱出してからだが、医療の心得がある。現状は、ここに残りハッカーの周囲警戒と負傷した場合に備えて医療キットを用意。ガンナー(ガンスリンガー)はこの場を警護。救出組は俺と眼鏡(トウマ)、そしてゲイリーの旦那だ。先頭は、俺が行く。眼鏡、旦那が暴走せんよう、しっかり手綱を握ってろよ」
誰が決めたわけでもなく、スペシャリストが皆に指示を出した。ガンナーは不服そうだが、かなりの武装をそろえるスペシャリストは確かにこの中では一番場慣れしているようなので、文句は飲み込んだ。ハッカーとスマグラーは素直に頷き、ゲイリーは、チラリとスペシャリストに視線を向けたが、それ以外は無反応。トウマは一人、やる気満々に「了解であります」と敬礼してみせる。
全員が、ひとまずはスペシャリストの指示に従うことにした(一人カウントされてなかったジェニファーが猛烈な抗議をしたが、トウマが部屋の隅で説得。ちなみに彼女は待機組に入れられた)。
監獄の中は、洗練された研究室を思わせる雰囲気だ。白い床は天井からの白い光を反射して眩しいくらい。至る所に監視カメラが取り付けられ、どこへ行くにもセキュリティーコードが必要になる。見えていないが、センサー類も多くあるはずだ。
間違いなく金がかかった施設だ。
救出組は、カメラの操作や扉の解錠などハッカーからサポートを受けながらも順調に通路を進む。
先頭のスペシャリストはマスク内で投影しているマップを見ながら、目的地までの最短ルート、周囲の警戒を手慣れた感じで済ませている。
「なぁ、静かすぎないか?」
いくら警戒しながら進んでいるとは言え、手応えがなさ過ぎる。
スペシャリストの後ろを歩くトウマが隣のゲイリーに尋ねる。
「……罠なんだろ」
返答を期待してなかったが、ゲイリーからぶっきらぼうな回答が。トウマは少し驚きながらも「そうだよなー」と呟き、「ジェニファー、大丈夫か……?」と誰に聞かれるでもなくぼやいて、天井の監視カメラに視線を上げた。
☆ ★ ☆
地上の屋敷では、漆黒のアーマースーツに身を包んで兵士たちが地上と地下の警備に目を光らせていた。その中で、無数の配線のつながったヘッドギアを付けるオペレーターが、何かに気付いて声を上げる。
「大佐。侵入者です」
その言葉に奥の席で打ち合わせをしていた初老の男が近づいてくる。
大佐と呼ばれた男は、他の者と同じ漆黒のアーマースーツを着ており、スラリと絞られた手足が長身にはよく映えた。シルバーの髪を後ろに撫でつけ、右目には眼帯。深く刻まれた顔の皴には厳しさが滲み出ており、『古強者』の言葉が当てはまる。
「システムに僅かなノイズが見られたためレベルを上げていたのですが、どうやらフェイクのウォールが突破されていたようです」
淡々と報告をするオペレーターに焦りの色は見られない。
「フェイクとはいえ障壁を突破すうとは、なかなかだな。ネズミ(侵入者)にはいい夢を見させてやれ。それから、地下で待機中のα(アルファ)を向かわせろ」
大佐は眼帯を触りながら、小さく笑う。
眼帯の下にはサイバーアイを仕込んでおり、施設内のシステムとリンクしてある。彼の目には、通路のカメラに向かって何かをボヤキながら間抜けに見上げる黒縁メガネの男がしっかりと映っていた。
だが、その笑みもすぐに消える。侵入者の一人に気付いたからだ。
「この男は……ゲイリー・フォノラズか」
超が付くほどの有名人だ。彼一人いれば戦局は変わる。
「ネズミの一人はゲイリー・フォノラズだ。エンゲージ後は無理に殺害を考えるな。封殺できればそれでいい。オペレーターは引き続きネズミの監視。施設のどこかにサポート役が隠れているはずだ。見つけ次第、俺に知らせろ。β(ベータ)は俺と来い」
大佐は、スーツと同じ漆黒のフルフェイスのマスクを持ち歩きながら指示を出す。兵隊たちは機敏に準備を整え、大佐が地下へ降りるエレベーターに着く頃には整列して待機していた。
エレベーターに乗り込んだ大佐は集まった兵隊らに話しかける。
「君たちは、家にネズミが入ってきたらどうする? 笑顔で食事をふるまうだろうか? いや、違うね。駆除だ。水に沈めるか、毒を食わせるか。ブーツの底で踏みつぶしてもいい。奴らは無断で家の物を貪り、糞を垂れ流し、病気をばら撒く。根絶やしにするだろ? 自分たちの生活が、平和を取り戻すまで」
地下に近づくにつれてエレベーターの速度は緩やかになると、大佐はフルフェイスのマスクを被る。側面に赤い狐が描かれた物だ。
地下に到着し、扉が開くと大佐は言った。
「駆除を始めよう」
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