第2話② 依頼②

 トウマとゲイリーが集合場所に入った時、すでに集まっていた者たちからは微かな緊張と、驚愕の小さなざわめきが起きた。彼らの対応は、もちろんトウマではなく、ゲイリーに対しての物だ。



 ヌードル屋のオヤジに頼み込んでツケにしてもらった後、トウマは指示された場所へと向かった。そこは地下にある酒場。子供が入れないような場所だ。

 そこの一室に黒服が待っていた。見るからに似つかわしくない恰好の男。着ているスーツはトウマのような安物ではないのは明らかだった。しかも、かなり身体改造、サイバネ手術をしている。もしかしたら全身が義体かもしれない。

 一見しても分からないほど精巧な物だ。つまり下流に住んでいる人間ではない。見た目から判断すると、どこかの組織、企業(メガコーポ)の連中だろう(本人は名乗らなかったが)。

 その男と軽いやりとりを交わしたトウマは、依頼内容や条件など諸々の事を話し合い。引き受けた。


 依頼は、『ある人物の確保』。


 その人物一人のために作られた監獄から連れ出すことだった。トウマたちのような人間、つまり無鉄砲な使い捨て(デスペレーター)を数人集めており、チームを組んで行う。トウマに声がかかったのは、ゲイリーの存在が大きい。と、言うよりもゲイリーだけでいい。相手との会話からもひしひしと伝わる、トウマのおまけ感。



 そんなわけで、依頼を受けたトウマはゲイリーと共に、今回チームを組む連中との顔合わせをする場所に赴いて現在に至る。

 そこは古い倉庫。作戦の流れを軽く打ち合わせた後で、そのまま任務を決行する。

 トウマたちが最後だったようで、中には依頼人の黒服含めて5人の人物がいた。かなりの額を積まれる依頼なだけあって、集められたのも手練ればかりのようだ。顔は知らないが、容貌や動きから、スラムを歩くジャンキーではない事は分かる。荒事を生業にしてきたのだろう。だからこそ、ゲイリーの存在は一層、畏怖の念を抱かせるに違いない。

 ゲイリーはそんな彼らに一切興味を示さず、一番座りやすそうなソファーにドカリと座り、葉巻を吸い始めた。後から付いていくトウマは座らずに立っている。

 畏敬の眼差しを向けられるゲイリーとは一転し、鋭い殺意にも似た視線がトウマには突き刺さる。彼らにとってトウマは、ゲイリーの腰巾着で、甘い汁を吸っている卑怯者なのだろう。確かにゲイリーの名前で仕事が来ることも多いので、否定できないと、トウマは情けない苦笑いを浮かべながら、周囲にペコペコと頭を下げる。

 その光景に、興ざめとばかりに周囲の連中からの興味が失われた。

「では、全員が集まったので」と黒服が口を開き、そして止まる。

「ところで、そちらのお嬢さんも参加するのですか?」

 しばらくの間、黒服の言葉がトウマに向けて発せられていると気付かなかった。

 黒服をはじめ、ゲイリー以外の者たちもトウマの方を見ているので気付いた。しかしそれらの視線は、トウマの顔というよりはもっと低い位置。彼も視線を向けると、少女が横に立っていた。


 ジェニファーだ。


 鼻をツンとさせ、したり顔で胸を突き出し、周囲を見ている。

「お、おま。事務所で留守番してろって言ったろ!」

「わたしも何でも屋のいちいん!」

 サムズアップでジェニファーは答える。

 ノックの能力でトウマの意識から自身を外して付いてきたのだ。しかし、一般人のトウマならばそれは可能でも、ゲイリーが相手ではうまくはいかないはず。つまり、彼はジェニファーが付いてきたことを知っていたはずなのだ。

 トウマはゲイリーに視線を送る。

「ちょ、ゲイリー、何で教えてくれないんだよ⤴!」

 驚いて声が裏返りながら言うトウマに、紫煙を吐きながらゲイリーは抑揚のない声で答える。


「シッテルトオモッテター」


 絶対嘘だ。

 それが証拠に、トウマには分からない角度で、悪い顔をするジェニファーと目を合わせて小さくうなずき合っている。

 彼女の行動の理由は簡単。

 置いていかれることが癪に障ったのだろう。真っ向から頼んでも、まともに相手にはされず、留守番をする羽目になるのは目に見えていたので、強硬手段を取った。

 ここからしばらく「私も参加する」「今すぐ帰れ」「参加するー」「帰れー」の言い合いが続くが、時間が迫っていることや黒服が間に入ったことで、トウマが折れた。見た目こそジェニファーは可憐な少女だが、ノックの能力者としては優れている。それはトウマに気付かれずに、この場にいることで証明されている。

「それでは、これからの作戦を説明します」

 黒服が話を進める。

 施設の警備やセキュリティーの調べは付いており、正面から略奪に行くわけではない。コソコソと忍び込み、息を殺しながら進み、目標を奪還。気付かれる前に素早く退散する。大切なことは、セキュリティーの権限を乗っ取ること。

 そうすれば、銃撃戦も殺し合いもない。スマートな仕事……だそうだ。

 流れを話し終えると黒服は最後に言う。


「これは楽な仕事だ」と。


 その言葉に、その場にいる者たち(ジェニファー以外)が自嘲するように小さく笑う。

 トウマだけではない。その場にいる全員が知っている。

 経験上、この言葉が出た仕事は…


 必ず死人が出る。

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