第2話 電気羊は夢を見る

第2話① 依頼①

 世界は技術の発展で崩壊した。

 増え続ける人口で、人種や文明が入り乱れ、いつの頃からか「国家」の概念が消えた。貧富の差は縮まることを知らず広がり続け、上流階級と下流階級の2極化が進む。

 下流階級が者たちは慢性的な土地不足に陥り、「ザ・タワー」と呼ばれる高層マンションが立ち並び、身を寄せ合うように大勢の人が暮らす。

 外を歩けばさまざまな言語の看板が掲げられており、空には3Dホログラムのネオンアインが所狭しと浮かび上がる。夜になれば、それらの光で目が痛くなるほどだ。

 下流民の住むスラムでは犯罪が後を絶たず、道に出れば奇抜な服を着た娼婦が客を引いている。道を行き交う人々を見てみれば、体のどこかが身体改造をほどかされている。それはファッションであったり、病や怪我による治療などさまざまな理由からだ。上流階級にもなれば、改造も分からないほど精巧な義体にもなるが、安価な物は一目見れば分かる。


 入り組んだ狭い路地を進んだところに、こぢんまりとした店がある。入り口には暖簾がかかっており、そこには古風な漢字で「龍蓮」と書かれていた。

 中にはカウンターとテーブルが数台、椅子は置かれていない。何人かの客がヌードルをすすっている。くたびれたスーツに黒縁眼鏡をかけるトウマ・カガリは、カウンターに向かい、器用に箸を使いながら他の客と同じようにヌードルをすする。湯気で眼鏡が曇っている。

「ねぇー、おやじー。ちゃーしゅー、おまけしてー」

 トウマの隣。身長がカウンターに届かないため、踏み台に乗ってヌードルを食べようとしていた少女が、厨房でヌードルを作るオヤジに可愛らしくおねだりをした。

 名前はジェニファー・パック。仲良く並ぶ2人だが、親子などではもちろんない。黒髪にアジア系のみすぼらしい顔をしたトウマに比べ、ジェニファーは金髪碧眼の人形のような姿だ。彼女は事情があり、一時的にトウマが預かって面倒を見ている。

「オヤジ、いいじゃねぇか。チャーシューくらいよ。どうせ本物の肉じゃねぇんだろ?」

 ジェニファーの頼みに渋るオヤジに向かって、トウマは非難のために口元を尖らす。本物の肉は、スラムでは滅多に流通しない。仮に本物の肉でも、何の肉かは聞かない方がいい。

「3日に1回は食いに来てるんだからさぁ。可愛い少女の頼みくらい聞いてやれよ」

「ほぉー。じゃぁ、トウマ。お前がこれまでのツケを払うんなら、いいぞ」

「オヤジさん。それとこれとは話が別じゃないっすかー」

 オヤジはジト目で常連のトウマを睨むが、彼は苦笑いを浮かべながらノラリとかわす。その間も、ジェニファーはオヤジをジッと見つめている。

 すると、オヤジは小さくため息をつきながら、彼女のどんぶりに分厚く切られたチャーシューを入れた。

「なんだろーねぇ。その目で見られてると、ついサービスしたくなっちまうんだよな」

 不思議そうに言うオヤジだが、ぎこちなく箸を持ってヌードルをすするジェニファーの姿を少し微笑みながら眺める。そして、別の客の注文を受け、彼らの前から移動していった。

「お前……また、能力使ったのか?」

 箸をチャーシューに突き刺し、満足げに頬張るジェニファーに、トウマは小声で囁いた。


 “ノック”


 いつの頃からか、かなり低い確率だが、異能を持った人間が生まれるようになり、そうした超能力者をそう呼んだ。能力の種類や強さは人によってさまざまで、ジェニファーもノックだった。彼女は共感型能力者で、相手の目を見つめるだけで、その者の意識を探ったり誘導したりできるし、触れれば意識を乗っ取り操ることもできる。

 トウマの質問に、ジェニファーは、能力は使っていないと首を振る。

「げいりーも、来ていっしょに食べたらいいのにね」

「あいつは、わがままなんだよ。人に合わせて食事はしないからなー」

 ジェニファーがチュルチュルとお椀に口を付けてヌードルをすすりながら言うと、トウマは「やれやれ」と肩をすくめるように、ここに来ていない相棒について話す。


 ゲイリー・フォノラズ


 「トウマ&ゲイリーの何でも屋(今はジェニファーが勝手に自分の名前も加えている)」でトウマの相棒をしている男だ。端正な顔立ちで、同じ男として生まれたはずなのに造形に差がありすぎると神を呪いたくなるほどの見た目だ。しかし、それ以上に目を引くのが顔や体にある無数のツギハギ。『裏社会を牛耳る帝王・フォノラズ兄弟』。彼らは強力なノックで、その名は広く知られていたが、手下の裏切りによって兄弟共に悲惨な末路をたどることになった。

 しかし、死にゆくゲイリーは、そのわずかな時間で散り散りになった体のパーツを自身、そして弟の物とをつなぎ合わせ、復活した……と噂されている。

 そんなゲイリーも今ではトウマと組んで何でも屋をやっているわけだ。


 それから2人は、何気ない会話を交わしていると、トウマの腕時計が微かに振動する。通信が入った。ベゼルを回して要件を確認する。

 仕事の依頼だ。

 と言っても、時間と場所しか書かれていない。詳細はそこで説明するとのことだろう。トウマは顔をしかめた。こういった類いの仕事で、厄介じゃないものは、まずない。

「仕事?」

 トウマの微かな表情の変化に、ジェニファーはめざとく気付いた。

 彼女を軽く横目で見ながらトウマは軽くため息をつく。

 厄介ごとはごめんだ。自分たちみたいなフリーの人間は使い捨ての駒にされやすい。しかも、裏家業の下請け業者の命なんて、依頼主からすれば、今食べているヌードルよりも安いかも知れない。相棒のゲイリーはともかく、トウマは普通の人間なのだ。ナイフで切られれば血は出るし、銃で撃たれれば死ぬ。


 とは言え。とは言えだ。


 厄介ごとの依頼は、報酬が良いのも確か。トウマ&ゲイリーの何でも屋は現在、金欠状態(金に困ってない時はないが)。ここいらで稼ぎになる依頼を受ける必要もあるだろう。

 トウマはすでに伸びているヌードルと箸でつつきながら、もう一度小さくため息をついてから、カウンター越しのオヤジを見た。

「オヤジ、ツケで頼むっ!」

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