第1話④ 逆襲

 前方の車両にはジェニファーと同じくらいの少女の死体が用意されていた。3人は手際よく、その死体にジェニファーの血液を流し込んでいく。

「見えないだろうけど、僕たちだって争いたいわけじゃない。列車はブレーキの不調で事故を起こし、君はそこで死んだことになる。そうすれば、君を追いかける人間もいないだろ?」

 不思議そうに見ていたジェニファーに、ローリーは楽しげに教えた。そして最後に皮肉たっぷりに言う。

「君を守ってくれるトウマって奴も探しちゃくれないね。まぁ、彼が生きていればだけど」

 ジェニファーがグッと奥歯を噛みしめて堪えた時、銃声が微かに聞こえた。何発も立て続けに聞こえてくる。襲撃者たちの顔も意外そうな表情を浮かべる。

「生きていたのかな?」

 ローリーの非難するような言葉に、ゲレルモは後方の車両へ歩き出した時、列車が大きく揺れた。何か巨大な物が激突したかのような衝撃だ。そして獣の雄叫びに似た耳を覆いたくなるほどの音が聞こえた。衝撃は一度ではない。何度も何度も揺れるたびに大きくなっていく。雄叫びも。

「生きていたようだな」

 今度はゲレルモが非難する番だ。

「この程度で死ぬとは思っていないよ。ただ思ったよりも早かっただけだ」

「な、何の話ですか?」

 マーサは事情を呑み込めずアタフタ。基本的に彼女は戦闘向きではないのだろう。

 今までで一番大きい衝撃に皆が体勢を崩す。マーサは後ずさり周囲を見渡すと、車窓から中をのぞく影が見えた。獣的な牙をむいた姿を。

「一体、何……ひっ」

 ローリーとゲレルモがマーサへ視線を向けた時には彼女の姿はなかった。それだけではなく彼女のいた一角は床を残し、何もなかった。えぐられたように壁も床も何もかも。

「でたらめな奴だ。ゲレルモ。僕は奴と決着をつけるから、君は計画を進めてくれ」

「手伝った方がいいんじゃないか?」

「必要も、時間もないね」

 そう言い残すと、ローリーはえぐられた場所から屋根を飛び乗った。

 ローリーの姿が消えたと同時に、後方車両の扉が蹴破られ、血で汚れたトウマが入ってくる。

「第二ラウンドだ。鉄クズ野郎」



 列車の上ではゲイリーがすでに立っていた。風でなびく髪はまるで獣の耳のようにも見える。

「やってくれましたね。まったく」

 無反応なゲイリーに対し、続けて話す。

「どうですか? 私たちと手を組みませんか。フォノラズ。いえ、ゲイリー。同じノック同士協力しあうんです。この際ですから言いますが、あのジェニファー・パックはクライアントには渡しませんよ。あの子の経歴を見ましたか? 彼女は大量殺人者です。実の親から始まり、前にいた組織では30人が一斉に殺し合った。彼女の力でね」

 楽しげに、そしてうっとりとした顔で話す。

「素敵じゃないですか。あの若さでそれほどの力を持っている。あの子が今後成長すれば、あなたのような逸材になるでしょう。それをくだらない組織に利用されてたまるか」

 ローリーの話に対して全く興味がないように、ゲイリーは服の乱れを直す。その姿に、少しムッとした顔をする。

「ノックはノックといた方が幸せなんですよ。大体、能力もない人間どもが僕たちを支配した気でいるのに腹が立つ。同じ立場ですらない、下等な連中だ。あなたは何を考えているんですか。あんな無能力者とママゴトして……」

「黙れ」

 初めは空耳かとも思ったが、ゲイリーは初めて口を開いた。小さい声だが確かに耳まで届く声だ。

「もう黙れ、聞き飽きた」

 突然のことに虚を突かれたが、怯んだのは一瞬だ。

「喋れたんですね」

「話せないとは一言も言ってない。黙っていた方が、情報を得やすいから黙っていただけだ。それから、トウマを見下したような口を利くんじゃねぇ。『そっちの方が、都合がいい』。そうあいつは言うだろうが、俺は許さん。俺は自分より、劣った人間とは組まない」

 静かだがハッキリとした怒気を感じられる口調だった。その光景に、ローリーはため息とついて光球を浮かべる。

「残念ですね。ではお別れです」

 先ほどと同じく光速移動する球がゲイリーを襲う。が、眉間にしわを寄せ、怒りモードのゲイリーは一切動かず、飛んでくる球を素手で掴み握りつぶした。

 ローリーの顔から笑みが消え、色を失う。だが評価すべきは、戦意を失っていないこと。手を掲げると無数の光球を浮かびあげ、一斉にゲイリーめがけ飛んだ。しかし、無意味。球をものともせずに距離を詰めると、ローリーを殴る。勢いのあまり彼は天井を破り列車内に落ちた。



 少し時間を巻き戻して、かなり後ろの車両まで飛ばされたトウマは、体を動かすのにしばらくかかった。

 起き上がると服の下に着けていた防弾シートを取り外す。なかったら死んでいただろう。口の中の血を吐き捨て起き上がる頃には、苛立ちが頂点に達していた。

 眼鏡を捨てると、自分の銃を拾い上げ、歩き出す。途中で、ゲイリーが倒した敵の集団のなかを通過する。まだ息のある奴をすれ違いざまに撃ち殺した。一人残らず。

 先ほどから車両を揺らすのはおそらくゲイリーだろう。彼も相当頭にきているようだ。扉を蹴破り進むと、ようやく目的の相手がいた。


「第二ラウンドだ。鉄クズ野郎」


 近づきながらトウマはタブレットからドープを取り出し、口の中へ。不安そうにジェニファーが見ているがあえて、無視した。

「連続した摂取は、体に毒だぞ。大量に含んでも、体の性能自体は変わらないのだから」

「心配どうも、ハイになってて何言ってるかわかんねぇけどな!」

 ゲレルモはため息をつくと距離を詰め、拳をトウマに繰り出す。当たれば先ほどのように爆発するだろう。それを避けるが、ゲレルモの連打は的確でいて素早い。ドープによって身体能力の底上げをしてなお、ギリギリだった。そしてついに、拳がトウマの顔面を捉える。ジェニファーは両手で顔を覆い、目を閉じた。

 ……来るはずの爆音がない。目を開ければ、トウマがゲレルモの右腕を持っていた。掴んだのではなく、持っていた。腕は肩口でねじ切れた様に千切られており、ゲレルモ自身信じられないと顔に出ている。

「ほら、返すよ。お前の大事な鉄クズ」

「ヴァンフォールか……」

 対ノック用零距離戦闘術・ヴァンフォール。カフィール、ドープに並ぶ存在だが、現在ではほとんど使い手はいない。その数少ない一人がトウマだった。

 彼は手を振り、来るように挑発。

「腕一本ぐらいで調子に乗るな」

 ゲレルモの残った左腕で攻めようと前に出るが、先に攻撃したのは後から動いたはずのトウマだった。瞬きする間も与えず、彼の蹴りがゲレルモの膝を砕き、肘が左腕を折り、左手が鼓膜を破り、右手が喉を潰す。流れるような動きでいて、無慈悲なほどに正確で強力な攻撃。両の手刀が機械部分でも弱い胴体の個所を貫き、背中を破ると、回線と潤滑液をまき散らしながら引き抜く。最後に腕を首に巻きつけると体の回転する力を利用し相手の首を捩り切れるほど回した。

 悲鳴を上げる余裕も与えず、ギレルモの体は倒れた。

「大丈夫か? パック。助けに来たぜ」

 倒れた相手を確認し、ようやくトウマはジェニファーへ振り向き言うと、彼女は駆け寄り抱きついた。

「怖い思いをさせたか? 悪かった」

 安心させるように、優しく頭を撫でるトウマ。その時、天井を突き破り、ローリーが落ちてきた。

 車両へ移動したゲイリーと合流するとジェニファーを後ろに下げ、ローリーの前へ立つ。彼はまだ息があった。

「こんなことが……」

 起き上がろうとするローリーの胸を二人の足が踏みつけ、銃を向ける。

「「やり直しだ。ゴキブリ野郎」」

 引き金を引く二人。装填した弾丸が尽きるまで撃ちつづけた。ローリーは絶命した。

「とうま、いそいで! そうじゅうせきに行かないと」

 直後に、ジェニファーは慌てた様子で言う。

「いいよ。別に。ここは自動操縦だ。ほっときゃ着くんだから」

「ちがうよ。こいつらが言ってたの。れっしゃのブレーキにさいくして、じこを起こすって」

 彼女の言葉にトウマは素っ頓狂な声を上げて、列車の操縦席へ急ぐ。運転手はそこで事切れていた。一面に広がるディスプレイと、レトロなレバーやボタンが混ざり合う操縦席は、素人が触れるほど単純ではない。専門家でも表面的な操作をするのがやっとだ。トウマは一応、ブレーキのボタンを押すが反応はない。速度はどんどん速くなり、目的地が近づく。終点の駅に衝突させる作戦だったのだろう。

「よし。俺がセキュリティーを解除して、強制的にブレーキをかける。パックはボタンを、ゲイリーはそっちでレバーを頼む」

 言うやいなや、トウマはディスプレイと向き合いキーボードを打ち始める。複雑なコードが流れるなかで、ジェニファーは指示される通りにボタンを押す。時間がないが、トウマに浮かんだ余裕の表情が間に合うことを物語った。

「ゲイリー、二つ目のレバーを引いてくれ……右からな。ゲイリー、ゲイリー?」

 レバーを引かれる様子がないため振り返れば、折れた取手を持つゲイリーが感情乏しい顔で彼を見返した。しばらくの沈黙の後、お見せできないのが残念だが一瞬、トウマの顔が劇画タッチになった。

 ゲイリーは一言、「仕方ない」。トウマも同じように「仕方ない」。二人は同時にふ~と一服する。

「脱っ出~!」

 トウマの言葉に、ゲイリーはそばにいたジェニファーを抱えると、後方の車両へ走り始める。

 列車は街に入り、駅へと一直線に進む……


   ☆   ★   ☆


 ダーティ・ゼロのトウマ&ゲイリーの何でも屋。

「へぇ~。こりゃ酷い事故だな」

 コーヒーをすすりながら、新聞を見るトウマが他人事のように言った。記事の見出しには「列車が駅に衝突。未だ行方不明者が多数」とあった。つまりあの一件だ。

 ゲイリーはいつもの場所で葉巻を吸っている。

「ねぇねぇ。わたしもコーヒーほしいよ~」

 テケテケ現れたのはジェニファーだった。なんやかんやで着いてきた。美女が死んだため、どこの組織の依頼かが分からなくなったのだ。そのうち、来るだろうと思ったが未だ来ず。

「子供にカフェインはよくないんだ。成長の妨げになるとか。だからダメ。あと10年したらな」

 ム~と頬を膨らませて主張するもダメだったので、諦めるジェニファー。

 すると呼び出しベルがなった。来客だが、相変わらず動かない2人とは対照的に、ジェニファーは飛び上がるように客を迎えに行く。

「はいはいはい! 『トウマ&ゲイリー&パックの何でも屋』ですが、ごいらいですか!」

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