第1話③ 襲撃
ジェニファーは、初めて部屋から出たことではしゃいでいた。トウマの案で、食堂車で食事をすることにした。実際はジェニファーにせがまれて、提案した。もちろん美女は猛反対したが、そこは一度押し問答で勝ったトウマだ。今回も勝利した。
「まったく、すでに小娘に操られているのではないのかしら?」
ジェニファーとトウマの様子を見ながら美女はぼやく。隣で歩くゲイリーは無反応だが、気にせず話し続けていた。
「見て見て、とうま。たかいねぇ」
車窓からは断崖絶壁の光景が広がる。知らないうちに崖を縫うようにして走行していた。目的地まで近い。
「高いねぇ~」と答えるトウマだが、次の車両に移る扉に差し掛かったところで急にジェニファーを止める。手で合図を送るとゲイリーが近づいてくる。トウマは銃を取り出し、扉を開けた。
誰かが息を飲んだが、多分美女だろう。ジェニファーは毅然と踏みとどまる。視界に広がるのは、悲惨な末路を迎えた死体。赤い壁に床。
「ヤッホー!」
一歩踏み出した時、天井から逆さになりながら女が顔を出した。確認するよりも早くトウマとゲイリーは銃を発砲。しかし、女は素早い動きでそれを避けると、天井や壁を移動、気づけば床に着地していた。女は腕を広げそのまま振り抜く。身をかがめるトウマとゲイリー、背の低いジェニファーは助かったが……
膝から落ちる音とは別に重たい音が落ちる。ジェニファーが耐え切れずに小さく悲鳴を上げる。避け損ねた美女の首が落ちていた。
「ギロチンかよ! 一旦引こう」
咄嗟に判断を下したトウマにゲイリーも従う。走り去る3人を眺めるタンクトップの女。
「リン。逃がすなよ」
優男たちが現れ、リンを非難する。
「逃がさないよん♪」
リンは仲間と合流し、逃げた方へ足を進める。
3人の逃亡は長くは続かなかった。後ろの車両(三等車で座席が並べてあるだけ)に待ち構えていたのは銃を構えた連中だ。挟み撃ち、車両を乗り換えた瞬間、容赦ない銃撃、トウマは即座にゲイリーの後ろに隠れ、事なきを得る。背後を見るとすでに、リンたちが迫っていた。
「仕方ねぇ。戦うしかねぇみたいだな。これは多勢に無勢ってやつか。俺はノック以外を相手に……あ、いや、なんでもない」
ゲイリーの方に視線を送ると、眉間にしわを寄せ不機嫌そうな彼と、無残な姿になった銃撃してきた連中の姿があった。
リンは一足先に走ってくる。トウマの発砲を見事に躱し、先ほど美女の首を落としたギロチンカッターをトウマに。身を低くして避けたが、リンは振り抜いた腕の勢いのまま、体を回転させ蹴りを放つ。腕をガードするも、予想以上の力にトウマは吹き飛び、座席にダイブした。リンは続いて狙いをゲイリーに。
「伝説万歳~!」
彼女の刃と化した手がゲイリーの首を打つ。甲高い金属音を発したが、ゲイリーの首は切れず。苦痛に顔を歪めたのはリン。手が折れた。ゲイリーはゆっくりと手を出して、リンにデコピンした。衝撃とともに吹き飛ぶリンは車両の入口まで吹き飛ばされる。即座に起き上がり、赤くなった額を摩るがすでにゲイリーは彼女を見ていなかった。
「どこを見ている!」
「そりゃ、こっちのセリフだ」
背後から声。振り返るリンの視界にあったのは、突き付けられた銃口だ。
「ド素人が。訓練生からやり直しだ!」
不機嫌なトウマが引き金を引く。避けられる距離ではなかった。頭を撃ち抜かれたリンは絶命した。
リンが倒されたの見て、男二人が動く。
「ギレルモ。フォノラズは僕がやろう」
優男の言葉に少々不満げな顔するが、ギレルモは従う。トウマと対面すると、袖をまくる。現れるのは機械の腕。トウマも手袋を外すと、ポケットからタブレットを取り出し、錠剤を一錠くわえる。
「カフィールの被検体か。無意味だ。ドープで底上げしても、性能が違う」
ギレルモの言うドープとは、身体機能を高める薬物だ。体内の放電も促進するため、国家によるノック狩りが行われていた時代に、カフィールとの使用がスタンダードな組み合わせになっていた。
トウマはドープを噛み砕くと、体中の血液が逆流するような感覚に陥る。手をかざすと同時に発生する電磁波だが、それを同じく手をかざしたギレルモから発せられる電磁波で相殺した。
「ッチ、お前もカフィールかよ……!」
トウマが舌打ちした時にはギレルモが距離を詰めていた。機械の腕による腹部への一撃。それを受け止めた瞬間、拳が爆炎を挙げトウマは車両をぶち破り、はるか後方の車両へ飛んでいった。
残されたギレルモの機械の腕からは白煙が上がり、衝撃で弾け飛んだ服の下からは機械の体が現れる。
「カフィールだけでは、俺(機人)の敵にもならん」
一方、ローリーと名乗った優男が手を軽く上げると、ソフトボールほどの光球が二つ浮かび上がる。指示するように手を動かしたローリーと同時に、光球はゲイリーにまさしく光速で襲い掛かる。
身を翻すゲイリー。球の当たった個所は、綺麗な痕を残しえぐれた。さらに手で指示すると、2つ球はゲイリーへと襲い掛かる。
「いつまで避け続けられますかね」
笑いの消えないローリーにゲイリーの不機嫌を表す眉間にしわを寄せた時だった。爆音とともにトウマが吹き飛ばされた。瞬間、ゲイリーの意識が飛んでいったトウマに向くのを、ローリーは見逃さない。球の直撃を受けたゲイリーは窓を突き破り外へ、底が見えないほど崖へ落ちた。
「これでおしまいですか?」
多少落胆した様子のローリーだが、すぐに残されたジェニファーの方へ歩み寄る。
「こんにちは、お嬢さん。クライアントの依頼で、あなたを受け取りに来ました」
睨むジェニファーに笑みを返す。彼女は近づくローリーの素手を即座に触れるが、何も起きず。
「あなたの能力は封じてあります。そこの彼女がね」
驚いた表情のジェニファーにローリーは、隅で立つ根暗のマーサを紹介する。
「ギレルモ、お嬢ちゃんを連れてきてくれ。予定通りにいくとしよう」
踵を返すローリーの後を、マーサが続き、ギレルモは抵抗するジェニファーを軽々と持ち上げる。
「はなしてよ! あんたたち、とうまがだまってないんだからね!」
見え見えの強がりだったが、彼女が名前を挙げられるような存在はトウマしかいなかった。その様子に襲撃者は笑うだけ。
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