第1話② 列車
列車に乗り数日、予想した襲撃は今のところない。
「ねぇねぇ、タバコやめてもらえる」
葉巻を吸うゲイリーに物申す勇敢な人物は、年齢十数ぐらいの少女だった。
ジェニファー・パック。
この子が何を隠そう、今回の積荷の正体だった。気の強そうな目をしているが、一見すればか弱い少女だ。しかし侮るなかれ、トウマはこの子の恐ろしさを、身を持って体験済みだ。それは列車に乗った初日、彼らがジェニファーと会った時の事だった。
「何度も言うようだけど、視線は合わさないように。それから握手もダメ」
美女がトウマとゲイリーに積荷が少女であることを明かし、引き合わせることになった。対象の存在をわかっていた方が守りやすいからだ。警告する美女に適当な返事をする。
場所は列車というよりもホテルに近い、個室の一つだった。扉を開いた瞬間、小さい影が飛び出し逃げようする。美女は慌てて飛び退き、逆にトウマがその影を捕まえる。気の強そうな目をした少女だっ……
トウマが彼女と目を合わせた瞬間、彼の意識が飛び、糸が切れたように倒れる。トウマの手から解放された少女は再度走り出すが、ゲイリーが前に立ちはだかる。
ジーっとゲイリーを見つめるが、眉をひそめる彼に変化なし。少し驚いた様子で今度は、ゲイリーの無防備な手を掴んだ……何も起きず。予想外に戸惑う少女を、掴み返した片手で持ち上げ確保した。
ジェニファーはノックだ。それも強力な共感型能力者。目を合わせただけで、相手の意識のなかを探れる。肌を触れれば、ある程度相手を操作できる、ぶっ飛んだ能力だ。この能力を用いれば、他人から情報を簡単に盗み出せるし、見知らぬ人物を殺人者にすることもできる。ゲイリーには通用しなかったが。
葉巻を指摘されたゲイリー、睨むジェニファーはいつものように能力を発動させているのだろう。しかし、彼は紫煙を彼女の顔めがけて吹き付けると、そのまま吸い続ける。
ジェニファーは諦め、咳き込みながらトウマの方へ。美女は近づかず、遠くから監視するのみ。
「あの女、うざい」
トウマの対面の椅子に腰を下ろすと、美女を見ながらジェニファーは口を尖らせる。
「そうだな。だけど、美人だから許す」
「前は、あなたにひどいことしてごめんね」
「君は、将来美人になりそうだから許すよ」
トウマは新聞を読みながら答える。
「げいりーには何で、きかなかったんだろう?」
「詳しくはわからないが、多分ゲイリーが君と同じ共感型の能力者だから、だろうな」
「……ほう?」
首を傾げるジェニファーだったが、トウマはそれ以上何も答えなかった。彼女も、無理に聞こうと思えばできるだろうが、何も聞かない。列車に乗り数日、もっぱら彼女の話し相手はトウマだけ。窓のないこの部屋では外も見れず、外出もさせてもらえない。トウマとの会話だけが楽しみだ。
「げいりーとは何でいっしょにいるの?」
「互いに一人で仕事してる時に、偶然仕事が一緒だったんだよ。まぁ、守る側と殺す側だったけど。んで、俺があいつを口説き落としたわけ」
ジェニファーはふ~んとわかったのか、わからないのか微妙な返事をしながら天井を見上げる。
「ねぇねぇ。その手は何?」
彼女が聞いたのは、トウマの手に埋め込まれた金属のことだ。
「これは……カフィール手術だな。体内の微弱電気を増幅して、放出できるようにするんだ。電磁波を出して攻撃したり、飛んでくる弾丸の軌道を逸らしたりできる。それに、直接殴っても痛いだろ?」
カフィール手術自体は珍しいものではない。元は対ノック用に軍で開発された技術だが、現在では一般普及している。とはいえ、肉体へ負担が大きく被検体の死亡率が高いため行う者は多くない。
グダグダ説明するトウマだが、その頃にはジェニファーの興味は別のところにいく。こんな感じで会話が進んでいった。
☆ ★ ☆
列車にはトウマたちだけではない。美女含めた組織の人間も大勢乗っており、ジェニファーを守っている。しかし……
「こいつらが今回の敵か。相手にならんな」
トウマらがいる車両以外の場所では、すでに襲撃が始まっていた。首のない者、穴のあいた者、四肢が飛散した者、そこには血なまぐさい光景が広がる。転がる死体を乗り越えながら優男が鼻で笑う。顔には見下したような笑み。
「仕方ないんじゃない? 頑張ったよ。うぅん」
隣のタンクトップの女も楽しそうだ。立っているのは彼ら2人を合わせて4人、ほかに大柄な男と陰気そうな女がいる。
「これなら楽勝ですね……」
「いや、これからが問題だろうな」
陰気そうな女の薄ら笑いに、大柄の男がたしなめる。優男もそれに賛同した。
「ギレルモの言う通りだよ。マーサ。噂では、荷物を守っているのは〝あのゲイリー・フォノラズ〟だからね。嫌な噂ばかり聞く男さ」
「スラム出身から、一代で帝国を築いた男。フォノラズ兄弟。兄のゲイリーに弟のロドリー」
優男の言葉を引き継ぎギレルモが話す。
「でも裏を返せば、フォノラズ以外は雑魚ってことでしょ?」
「フォノラズ兄弟。名前を聞いただけでも恐ろしい方々です……あぁ、今は一人でしたっけ」
タンクトップの女は陽気に言うが、隣のマーサはゲイリーの名前を聞いて顔を顰める。その様子にギレルモも同様の顔をした。
「いかに強力なノックであっても、肉体をバラバラにされてなお生き延びるものはいない」
「そう、噂が本当なら、彼は足りない部分を、弟の体のパーツから集めて肉体をつなぎ合わせたとか。いかに双子という特異点であっても、いかに優れた共感型能力者であっても、そんなことを出来る人間はいない」
優男の言葉に表情が引き締まる面々とは対照的に、彼は口元を緩める。
「ちょうどいいじゃないか。生きる伝説が本当か証明してやろう」
襲撃者の手は着々と伸びてきていた。
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