第34話 神社生活のはじまり

 沈黙の時間が流れる。それはほんの少しだったのかもしれない。だけど、頭を働かせているせいか、とても長く感じる。


「どうしたんですか?」


 都が口を開いた。この状況を不思議に思ったのだろう。だけど、ミイコは少しうつむいたまま、口を閉ざしていた。


「あのさ、ミイコ。お前が先代を好きだったのは分かっているつもりだけど、それと話は違うんじゃないかな?」

「サブローさんに聞いたんですか?」

「パートナーとかそういう話? それなら聞いたけど……」


 彼女はうつむいた顔を上げ、俺の顔を意思が宿った様な目で見る。


「それで、神様はどうするつもりなんですか?」

「どうするって……変えるつもりはないけど?」


「都さんがまだ、何もできないから? それなら私が引き継ぎを……」

「そうじゃない。でも、ミイコはどうなんだ?」

「私は……」


 俺は、ゆっくり台所の前にあるテーブルに腰を掛ける。彼女にも座る様に促したつもりだったのだけど、ミイコはそのまま立ち尽くした。


「俺はさ、ミイコがどうしたいのかの方が重要だと思う。色々考えてみたんだけど、お前と先代の間にどんな事があってどれくらい深いかなんて予想も出来ない」

「神様にはわからないですよ」

「自分もそう思う。神様の力を使っている時だってそう。たとえ過去が見えたって、考えを覗くことが出来たって今まですべて分かりましたなんて思った事はない」


「……」

「でも、俺は自分の分かる範囲で見える範囲で考えてもがいてどうにかしたいと思うよ」

「それは願いを叶えるからですよね……」

「まあね。それならミイコの願いはなに? 君の願いも叶えたいと思っているけど?」


「それは、神様だからですか?」

「そう、ミイコや先代がそうしたんだろ?」


 もしかしたら、恨みから猫又という存在が生まれたように、近くの人の願いを叶えたいという気持ちから神様は生まれたのかもしれない。だから、こんなにも中途半端で、ほんの少しだけすごい能力があって誰かが考えて願いを叶えなくてはならないのだろう。


「ふふっ。相変わらずダメな神様ですね」

「そうだよ。ミイコや都、サブローさんたちの助けが無いと何もできないんだ」


「仕方ないです。仕方ないのでもう少しそばにいてあげます」

「もう少しだけかよ?」

「あれ? いつまでダメ神様で居るつもりなんですか?」


 少しだけ、ミイコの表情が明るくなった気がした。まだ神様を始めたばかり、これからどんな事が待っているのかはわからない。けれど、この猫神神社の仲間たちなら上手くやれると思う。


「そうだな、早くしっかりした神様にならないとな」


 そう言うと、ミイコは後ろを向いて料理の続きを始める。都さんに声を掛け作り方を教えながら「仕方ないなぁ……」と呟く後ろ姿には暗い感情は見えなかった。





 晴れた昼下がり、太陽の光で少し熱くなった小石の匂いがする。俺は縁側の日陰ぼんやりと神社の木々を眺めていた。お昼ご飯を食べた後だからなのか過ごしやすい環境で眠気が襲う。


「なにサボっとんねん!」


 浪速のあきんどの様なしゃがれた声が耳に刺さる。サブローの声だ。


「休憩くらいさせてくれよ……」

「朝来てたお供え物どうすんねん?」

「今の物と交換する?」

「あー、今の奴はおさがりにすんねんな?」


 なぜかサブローがせかせかと働いている。商売人の魂でも目覚めたのだろうか?


「それでや……神様の手伝わんかい!」

「えー!」

「『えー!』ちゃうねん、男手二人しかおらんのわかっとるやろ!」


 サブローの言う通り二人しかいない。他の雄猫たちは人化が出来ない為物を運べないのだ。


「あんさん今、猫の手を借りたらええとか言おうと思たやろ?」

「そんなことはない、サブローさん珍しく面白い!」


「珍しいってなんやねん!」


 ボルテージの高いサブローに渋々付いて行くと、野菜やかつお節、キャットフードが箱で置いてある。神棚にのせてあるお供え物をおろし、交換し柏手を打った。


パンッ

パンッ


「神さん、なにしてはるんや?」

「いや、おさがりもらうときは神様にお礼をしないといけないだろ?」

「それは神さんに言うんちゃうんか? 誰にいってんや?」


「たしかに!」


 おろしたおさがりを、台所に持っていきミイコと都に渡す。


「これ宜しくおねがいします!」

「はーい!」




 俺は、2ヶ月近く前、なんとなくした願い事から神様生活が始まった。神様の能力、現代の知識それぞれをフルで使って考えて願いを叶えてきたと思う。だけどそれは、本当にその人の為になったのだろうかと時々考える。だけど、この神社に来る猫たちは、それでも優しく時には厳しく見てくれていた。だから……今後もそうやって叶えていこうと思った。


 だけど……。


「叶えるか叶えないかは"俺"次第だけどね!」


「神様なに呟いているにゃ?」

「うるさいうるさい! 今日も頑張りますか!」

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神様になりましたが願いを叶えてあげるかあげないかは"俺"次第 竹野きの @takenoko_kinoko

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