第33話 彼女の気持ち

 先代の神様は言っていた。


『今の人は神様を信じてはいない』


 あくまでこの日本での話なのだと思う。それぞれが考え、その結果自分で解決すべき事だと理解し努力する。正直『教え』のようなものは必要ないと思っている人が多い。今ではパソコンで検索すればいくらでも出てくる時代になっているのだ。


 だけど、『教え』の真意まで調べる人はどれだけいるのだろうか。正しく理解した上で判断されているのだろうか。宗教的な事は考えた事は無かったけど、そんな疑問が残った。


「──確かに時代は変わったのかもしれない」

「神さん、なに呟いてんや?」

「いや、先代が言っていた事を考えていたんだ。交代した理由はしっかりあったんだよ」

「まぁ、せやろなぁ」


 サブローは、そういいながら縁側で足を止めた。


「先代はんは、考えて行動するタイプなんや」

「なんかそれ、俺は考えなしみたいに聞こえるけど?」

「神さんはどちらかというと衝動的に動くタイプやろ?」


 俺だって色々考えていると反論したい。だが、サブローが話そうとしている内容に水を差すだけの様な気がして腹に収め頷いた。


「それがいい場面もある、考えなあかんときもある」

「なんか今日は良い事言おうとしてる?」

「うるさいなぁ、神さんは神さんのええ思う事していくのがええと思う。そう言いたいんや」


 サブローはガサツな様で細かく気を遣えるタイプだと思う。なんというか人情が濃い。彼は多分俺が悩んでいる事に気付いてフォローしてくれているのがひしひしと伝わった。


「だからなぁ……ってなにすんじゃい!」


 俺はサブローの気づかいに少し恥ずかしくなり、彼をモフる。大柄のボディはなかなかモフりがいがある。


「ありがとね……」

「なんやねん。わしは男色ちゃうで」

「そうなんだよな、おっさんだと思うとなんか残念な気持ちになるわ……」

「やったらモフるのやめなはれや」


 仕方なく、サブローから手を離す。サブローの抜け毛が手に付いたのが分かる。


「問題は、ミイコやねんなぁ……」

「かなり、先代の事が好きそうだよね。過ごしてきた時間が長い分ダメージも大きいだろうし」


 実際、ミイコはあの後すぐに部屋に帰ってしまった。


「ところで、神さんはミイコの事どうおもてるんや?」

「どうって、ミイコが居ないと神社は成り立たないと思っているけど」

「ちゃうねん。人として、いや猫としてどうなんや? 神社の専属の猫とでも思ってんちゃうか?」


 そう言われて気付く。俺はミイコの事をどう思っているのだろう。日々の生活が当たり前になりすぎていて特に意識した事は無い。


「別に、パートナーは都でもええんやで?」

「は? どういうことだよ?」

「別に神社に住むんはミイコじゃなくてもええって言うてるんや」


 パートナーと言われてミイコではなくてもいいと言うのを事を初めて知る。ミイコが神様にしたわけではない。あくまで先代の引継ぎで担当していただけなんだ。


「そんな今更……」

「だから、どう思てるんか聞いてんねん。荷が重いかもしれんが都も猫又や、力だけならわしよりつよい」

「なにが言いたいんだよ」

「ミイコよりええと思ったりしてんちゃうかと思てな?」


 サブローの棘のある言葉が刺さる。そりゃ、辛辣なミイコより懐いている都の方が楽かもしれないとは思うけど、ミイコとはもっと違う意味で繋がっていると思っている。でも、それは神様のルールでも、契約でもなくただたまたま引き継いだだけだったとは思いたくない。


「別に、強制的に繋がっているわけじゃ無かったのか……」

「ミイコは先代の約束を果たしてるだけかもしれへんちゅうこっちゃ」


 都か、ミイコか。別に選ぶ必要もないし、両方がダメなわけでもない。でもミイコの気持ち次第ではそうなるかもしれないという事なのだろう。胸の中のもやもやが少しづつ膨らんでいく。


 拝殿に戻ると、サブローはいつものように招き猫組の所へ行った。俺は居間で願い事に対応できるようにとりあえず待機する。ミイコはあれからどこに行ったのだろうかと思っていると、台所の方から包丁でまな板を叩く音が聞こえる。


「お昼の準備かな……」


 少し声を掛けようと、台所に向かうと話し声が聞こえてきた。


「それは、もう少し細かく切ってもらえますか?」

「はい」


 ミイコと都が一緒に支度をしている。今までそんなことは無かったが、都自体まだ来てから3日経った位でしかない。少しづづ仕事を教えているのだとしたら普通なのだろう。


トントントントン……。


 ミイコの指示の後、再び食材を切る音が響く。俺は、一度部屋に戻ろうと足を居間に向け戻ろうとした。


「──あの、都さん?」

「はい、まだ分厚い?」

「ううん。それくらいでいいですよ」

「はい」


 ミイコが何かを言いかけた様に感じた。都は料理の指示と捉えたのだと思う。だが、ミイコは再び話を切り出した。


「都さん。都さんは、神様の事どう思ってます?」

「好き」


 そう答えた瞬間、俺は聞いてはいけないと思う。でも、続きが気になり俺はそっと帰ろうとしていた足を止めた。


「そうですよね。神様も都さんの事好きだと思う」

「本当?」

「うん、そこは心配しなくていいと思いますよ……」


 感情の分かりにくい都だが、返事がほんの少しだけ明るい声に感じる。予想はしていたのだけど、改めて言われると背中の真ん中が痒い様な、どこか恥ずかしくなるのが分かる。


「もし、もしね。私がここを出る事になったら都さんが引き継いでくれませんか?」

「うん、いいよ。──ミイコは出るの?」


 ミイコの言葉に胸の奥が痛む。ここを出る? それを聞いてサブローの言っていた事が頭をよぎる。


「わからない。ずっと居るつもりではいますけど……」

「けど?」

「神様にはもう、私じゃ無い方がいいと思う」

「うーん……」


「どういうことだよ?」


 そのまま部屋に戻るつもりだったのだけど、気付けば衝動的にに声に出してしまっていた。


「神様……?」


 普段敏感なミイコが気付いていなかったのは、色々考えていたからかもしれない。


「聞いていたんですか?」

「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど」


 出汁の匂いと、涼しい風が家懐かしいお昼時を告げる。だけど、目の前に見えるミイコとの距離はどこか遠い。そんな雰囲気が数メートルの間に流れた。

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