第32話 神様の過去
先代の神様の隣で、ミイコが泣きそうな顔をしている。先代が今日でもう会えなくなると彼女とサブローは知っていたんだ。
「どうしたミイコ、そんな泣きそうな顔で」
「だって、神様もう……」
「そうだね。でももうミイコはしっかりやっていけると思うよ」
そう言って、先代はベンチに腰を掛けた。
「元々決まっていたんだ。いつまでも神様の記憶を持っていてはいけない」
「わかってます……」
「あの時暴れていた猫娘が今ではしっかりとサポートしている」
「それは神様が……」
「よく頑張ったね」
彼はミイコの頭を優しく撫でた。その表情はまるで結婚式前日に娘を送り出すお父さんの様に優しく深みのある表情だった。
ミイコ達と出会って1ヶ月半ちょっと、まだまだ先代の神様とは過ごしてきた時間も思い出も違う。世代交代を受け入れられていたのも近くに彼がいたからかもしれない。彼らは一体どれだけの時間どれくらいのものを見てきたのだろうか、そんなことは考えても想像すらできなかった。
「すみません、先代はなぜ自分に譲ったのですか?」
「願い事……もそうだけど、君ならもっと良く出来ると思ったからだよ」
「俺が?」
「ああ。僕は戦後から神様をしてきたんだ。ちょうどあの頃日本には食べ物も何もなくてね。なあ、サブローも覚えているよね?」
「ちょうど、それくらいの時期やっなぁ……」
「そう、高度経済成長期前。日本は絶望の空気が漂っていた。そんな中、人は強さを持っていたんだ……」
「そこで、神さんになったんが先代なんや……」
戦後すぐ位から。自分には教科書で習ったくらいしか理解できない様な時から彼はここを守っていたんだ。
「でも、時代は変わる。情報が溢れ、人は神様に形だけのお願いしかしない人が増えた」
「形だけって、お金をくださいとかってことですか?」
「それもそうなのだけど、実際神社の神の力なんて信じていないんだよ。発信ができる人間の方がよほど人生を変える様な力があるのだと思ったね」
「もしかして、それでLANケーブルを?」
「あはは、そうだね。インターネットというものをやってみようとは思ったのだけど、上手くつなげる事が出来なかったよ」
居間に何故かあるLANケーブル。パソコンが無いのについているのが不思議だったのだけど、先代がつなげようとしたものだったんだ。
「でも、君は上手く使い始めたよね」
「いや……上手く使えているかはわからないですけど……」
「そうかな? サブローもノリノリだったみたいだけど?」
そう言って先代に見られたサブローは少し恥ずかしそうだった。
「正直言うと、この期間会えないわけじゃ無かったんだよ。どちらかというと僕の時は49日先代の引継ぎを行うと言うのがルールでね、その為に予備の依り代があるんだよ」
「引継ぎって、何もなかったように思うんですけど……」
「サボっていたわけじゃ無いよ。僕は君に新しい神様の形を作ってもらいたかったんだ」
「新しいもなにも、流れに流されてやっていただけですけど」
「僕はいくら時間があるからと言ってあそこまで個人に関与する神様は見たことがないよ?」
「あれはまぁ……」
「そこから、新しく招き猫を打ち出して商売繁盛を進めるのも決めていたら生まれなかったかもしれない……」
「あれも、カヤノ様のアドバイスがあったからで……」
「でも君はそれをやった」
先代はそういうと、ミイコを褒めた時のような表情になる。
「多分、これから君がどれだけすごい事をしたとしても僕はもう称賛することは出来ない。でもその時どこかで思い出して君の力になれたらと思うよ」
今の世の中、褒められることは少ない。それでも褒められる様な事をしてないわけじゃ無い。それはたった一人で頑張らなくてはならない事かもしれないし、周りの人に褒められたり認められたりと評価はされるかもしれない。胸の中にいつでも称賛してくれている神様がいると言うのは大きな力なのだと思う。
「そっか……」
「どないしたんや?」
「いや、神様ってこういうのだったんだなって思ってさ」
「せやかて、一喜一憂して苦悩する神さんみたいなんもわしは好きやけどなあ?」
サブローは俺を見てニンマリと笑った。いかにも福を呼びそうなふくよかなルックス、憎めない笑顔。そりゃ人気が出る訳だ。
「それじゃ、僕はこれで行くよ……今後は先代ではなくただの花屋のお兄さんだけどね!」
「声を掛けてもいいですか?」
「もちろん、でも神様の記憶はないから気軽に花の話でもしてくれたら嬉しい」
先代の神様は、そう言うと俺の肩をポンと叩きながら石段に向かう。去り際に彼は「ミイコを宜しく、あの子結構寂しがり屋なんだ……」と囁いた。そのすぐあと、手の甲に一粒の雫を感じたのは気のせいではないと思う。
彼はどれだけの願いを叶え、どれだけ悩み、どれだけの苦難をミイコと乗り越えたのだろう。そしてどれほどの覚悟を持って、俺にこの神様を譲ったのだろう。今まで何となくめんどくさいから辞めたと思っていた自分が恥ずかしく思えてきた。
拝殿に戻る途中、俺はミイコの肩を抱いた。何か声を掛けようとも思っていたが、いい言葉が思い浮かばなかった。
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