第31話 先代の神様

 朝、みそ汁の匂いで起きると言うのはよくあるのかもしれない。だが、この日の朝はみそ汁ではなく……かつお節……の香り。


 いい出汁の香りが暖かい。


「都さん!?」

「おはようございます」

「なんで布団の中にいるんですか?」


 一つの布団の中、都は抱き着く様に寝ている。かつお節の出汁の様な香りは彼女の匂いだった。美女はかつお節の匂いがするのか、などと考えながら状況を理解する。


「にゃおにゃー」

「そんな発情期の猫みたいな声出してもダメです、起きますよ!」


 布団を上げ、都を外に出した。神様になってからというもの、早起きするのが日課になっている。とはいえ、ミイコの方が朝は早かった。


「神様、都さんとはどうでした?」

「いや、どうでしたって言われても出汁の香り?」


 台所で朝食を用意するミイコは、少し膨れながら言う。


「まさか、一緒に寝るなんて……」

「昨日置いていったのはミイコだろ?」


 ダイニングに座ると、都も入ってきた。いつもの白い着物の様な服は少しはだけ、寝ぐせでサラサラの髪がすこし広がっている。


「事後ですね……」

「なにがだよ!」


 3人で朝食を食べる。ミイコは普通にご飯を食べるのに対し、都はかつお節の袋を小脇に抱えむしゃむしゃと食べている。目が開いていないところを見るにまだ半分寝ている様だ。


「都さん、それだけですか?」

「……」

「塩分ヤバそうなんですけど……」

「……」


 まぁこれだけかつお節を食べていれば、出汁の香りがするのも頷ける。日に日に都のイメージが変わっていくのを実感した。


 ご飯が終わると、サブローやたこ焼きたちもやってくる。ミイコは、ねこまんまとカリカリのキャットフードを用意していた。


「神さん、ちょっとええか?」

「大丈夫ですよ!」


 サブローが声を掛けてくる。何となく予想はしていたが、昨日ミイコと話していた内容なのだと思う。彼に付いて行くと、境内のベンチで足を止めた。


「ところで、なんですか?」

「ああ、もうすぐちゃうかな?」

「えっと……なにがです?」


 すると境内の真ん中のあたりで、強い風が吹くのを感じる。真ん中に現れたのは……。


「都さん?」

「都、やめるんや!」


 石段を上る影に攻撃しようとしている都を、サブローが必至で止める。


「人じゃない」

「でも敵でもないんや!」


 サブローがそう言うのを聞いて、俺はカヤノを思い出す。サブローやミイコの言っていた合わせたい人って、どこかの神様なのか?


 もやがかかるなか、花の香りが広がり、人の姿が徐々に見えてくる。姿を見せたのは、昨日のイケメンなお兄さんの姿だった。


「サブローさん、この人で合ってるの?」

「驚いたやろ?」

「まさか、昨日来た人とは思わなかったよ……」

「ちゃうちゃう、覚えてへんか?」


 もう一度、イケメンの姿を見る。確かにどこかで見たことがあるのだけど。


「花屋や……」

「!?」


 そう言われて思い出す。以前、ミイコを尾行していた時に誤解を招いたあの花屋のイケメン。


「どういうことだよ?」

「すまんな……この人が、先代の猫神様なんや……」

「先代って、マジかよ」


 先代が今どうなっているのかは考えた事が無かった。いや、考えた事が無いわけではないが、あまりいい想像が出来なかったから考えない様にしていた。それが、普通に花屋で働いていたと言うのが驚いた。


「とはいえ、今は人間や。少しちゃう空気やから都が警戒したんやろなぁ……」


 サブローがそういうと、先代の神様は俺の方に歩いてくる。


「やぁ、昨日ぶりだね」

「あ! それで昨日俺の姿が……」


「驚かせてごめんよ、ミイコは居ないのかな?」


 そう言って周りを見渡した。するとミイコが顔を出し駆けていった。


「神様~」

「おいおい、ミイコもう僕は神様じゃないんだよ……」


 仲が良さそうに話す二人に、少し胸の奥が痛む。その瞬間、都が手を握った。


「都さん……」


 彼女の顔を見ると、柔らかい笑顔で微笑む。それはまるで、"私が居ますよ"と言っている様にも見えた。


「でも、驚いたよ。その子、屋敷の猫又と呼ばれていた都だよね?」

「はい、多分あっていると思います」


「こうして自然に神社に来ている所をみると、うまくやっているみたいだね」


 そういった、先代の神様は柔らかい笑顔になる。どこにいてもリア充になりそうな魔性の笑顔。ミイコはこれにやられたのだろうか?


「それで、今日はどうしたんですか?」

「ごめんごめん。参拝客がくるかもしれないよね」


「そうですね、掃除とかあるので……」

「どうせ、まだこないですよ。神代・・さんは神様・・に帰ってほしいだけなんです」


 ミイコの言葉に反応した事に気付いたのか、先代はミイコの口に指を触れた。


「だから、もう神様じゃない。それはだめだよ」

「でも、でも……」


 自然にミイコを手名付けている様な雰囲気に複雑な感情が沸く。

 ミイコの奴、こんなに懐いているのかよ。するとまた、都が手を握るのが分かった。


「先代はん、そろそろ話した方がええんちゃいます?」

「そうだね。多分彼もなぜ来たのか気になっていると思うから」


 そういうと、先代はこちらに近づいて封筒のようなものと木箱を俺に渡した。


「これは?」

「手紙と依り代だよ」

「えっと、すみません依り代って何ですか?」

「ふむ、神様の本体だね。君の依り代は拝殿の中に大きな鏡があるだろう?」


 そういえば、そんなものがあったような気がする。


「これはそれの予備みたいなものだよ」

「なるほど、」


「なんでこれを持っているのか? でしょ?」


 先に言われて戸惑う。どこか人間味があるようで無い不思議な雰囲気を先代からは感じる。


「これが無いと、僕はここには居られないんだ」

「それじゃ、これを返したら先代は居られないんじゃ……」


 その問いかけに彼はコクリと頷いた。

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