第30話 甘えたい年ごろ

 朝早くに目が覚めた。神社の湿度をたっぷりと含んだ様な匂いが鼻に優しく触れる。朝の涼し気な気温がさっぱりとして心地がいい。


 だけど、俺はミイコの言っていた『話したい事』というのが気になってどこかもやもやとした気分になる。いったい何の話をする気なのだろうか。


 布団を片付け、1杯水を飲もうとダイニングに移動する。


「うわっ!」

「ごめんなさい」

「都さん、来ていたの?」


 ダイニングに入ろうとすると都が立ってる。指定は無いのだけど、寝起きで居たのには驚いた。


「なにかする予定?」

「うん、水を飲もうとしていただけだけど……」

「そう」


 慣れてきているのかもしれないが、都とはあまり会話が続かない。聞いた内容に答えるだけの完結型の話し方をするから会話が広がらなかった。


 俺は、コップに水を入れ、のどを潤す。寝起きの水分不足にはこれが一番気持ちいい。都はその姿をすぐ後ろで見ている。


「えっと……近くない?」


 俺がそういうと、都は1歩後ろに下がる。それでも俺の方をじっと見ている。


「まだ、みんな来てないからゆっくりしてていいよ?」

「あの……」


「ん?」


 何か言いたげな都に返事をするも、何も言わなかった。あまり気にせず言ってほしいのだけど、それにはまだまだ時間がかかるかもしれないと思う。俺はコップを置いて、縁側でまったりすることにした。ここに来てから風に揺れる葉の音を聞いて風を感じが好きになっていた。


「あの……」

「どうしたの?」


 縁側に座る後ろにまた、立っている。


「……」

「えっと、何かあれば言ってくれていいけど?」


 すると、都は隣に座り胡坐をかく俺の足に手を置く。少しドキドキしながら都の方を見ると俺の顔をじっと見ているのが分かる。


 もしかして、都は俺の事が好きなのか? そんな勘違いをしてしまうくらい甘い目で見つめる。


「あの……都さん?」


 俺の返事とは関係なしに都は膝枕の様に頭を載せた。なんなんだ、この状況。

 都は顎をこちらに向ける。撫でろと言っているのか?


「都さん、これは?」


 そう思って猫耳を見る。都が猫だったのを思い出す。そういえば猫の時の姿を見たことが無い。


「あの、撫でるのは良いですけど、できれば猫の姿になってもらえませんか?」

「いや」


 一刀両断。俺の希望はあっさりとぶった切られてしまう。そのあとも撫でろと言わんばかりに頭を動かした。


 止む追えず、猫耳を含め頭をなでる。ふわふわでモフモフした耳は少しギザギザしている。去勢サインとは少し違うのは虐待の名残なのだろう。


「ふにゃん」


 ふにゃん? 都から発せられた予想外の声に驚く。どう考えてもキャラと違うだろう……。彼女は続けて顎を突き出す。猫の習性なのは分かるが背徳感が半端ない。


「ゴロゴロゴロゴロ……」

「あの、やっぱり猫になりません?」


 俺がそう言っていると、背後に気配を感じた。


「神様……なにをやっているにゃ?」

「ミイコ!? ちが、ちがくて」


「なにが違うにゃ? 都さんを人の姿でなでなでにゃんにゃんしている事には違いないにゃ」

「そだけど……」


「都さんも神様の変な性癖に付き合うことないにゃ」

「だから俺じゃないって、都さんも何か弁解してくれよ」


「ミイコがずるい」


 普段よくミイコを足の上にのせ撫でている。最初に神社に来た時からなのだが俺の日常と化していた。もしかして都もしたかったのか?


「なるほどにゃ、都もなでなでしてほしかったにゃんね」


「はむ」

「ちょっと都さんその姿で甘噛みするのは反則ですよ……」


「神様……それはヤバいにゃん……」

「わーってるよ!」


 もしかしたら彼女はずっとこういうのを求めていたのかもしれない。生まれてすぐ、過酷な運命を背負い猫又になった。それから今までの長い時間だれにも甘える事が出来なかったのだろう。


 しばらく撫でた後、朝の準備を始める。境内の掃除をしているとミイコは言った。


「都さんの事、分かってますよ」

「ああ、朝の?」


「多分、神様には猫の姿を見られたくないのだと思う」

「やっぱり、怪我を見られたくないから?」

「それもあるのだけど、あの姿で受け入れられているから、神様の印象を変えたくないんじゃないですかね?」

「都さんは猫って思われたくないって事?」

「思われたくない事は無いと思うけど……」


 ミイコはそういうと、別の場所に準備に向かう。俺は居間に戻るために拝殿側に歩き出した。するとほのかに花の香りがする。神社には無い色々な花の香り。少し気になって、拝殿の前に立ち止まった。


「すみません、もうお参りしても大丈夫ですか?」


 そう声を掛けてきたのは爽やかなイケメン。


「どうぞ、構いませんよ」

「ありがとうございます」


 そういって彼は、賽銭を入れ、柏手を打ってお参りをするとスタスタとその場を後にした。あの人……どこかで見たことがあるのだけど、誰だったかな?


「どうしたんですか?」

「いや、さっき来た人がどこかで見たことある気がするんだよな……」

「さっき来た人? そんな方おられましたかね……」


 ミイコは見ていなかったのか。気になったせいか少し頭を働かせ、会社員時代の取引先なども頑張って思い出してみる。だけど思い当たる人物は浮かんでくることは無かった。居間に戻りパソコンを開き今日のニュースのチェックを始める。読み始めた時にある事に気付いた。


 ちょっとまて! なんでさっきの人俺の事が見えていたんだ。それだけじゃない、柏手を打っていたにも関わらず何も願いが来ていない。一体彼は何者なのだろうか?

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