第2話 かちゃかちゃ

 

 かちゃかちゃ。


 人間とはどうしてこんなにも愚かなものか。


  困難な現実を前にすると大抵の人間は目を背けてしまう。きっと今はまだ大丈夫、もう少し後でいい。

 そう言い聞かせ今の自分にモラトリアムを与える。

  だがその時は気付かない。未来の自分の首を絞めているのはまさに今の自分のその手なのだと。

 だから人間は愚かだ、と僕は思う。


 かちゃかちゃ。


 そうして事態は刻一刻と差し迫っているのにものうのうとしていられるのには理由がある。

 為さねばならないのは他でもない自分自身であるのにそこで外的要因と結びつけるからだ。

 時間の不足、環境、将又周囲との同調。その裏にある自身の怠慢には誰も気付かない、いや気付いていても目を向けない。そうしている方が苦しくないから。その先に待つ想像を絶する苦しさなど知るよしもない。

 だから人間は愚かだ、と僕は思う。


 かちゃかちゃ。


 そして僕もまたその愚かな人間の中の一人。

 今の自分を生かすために未来の自分を殺し、あまつさえその責任を自分ではなく他に求めた。


 かちゃかちゃ。


 静寂に包まれた部屋に罪の重さなど感じさせない軽快な音がしきりに鳴り響く。

 部屋中を照らすほどのまばゆい光が暗闇を上書きする。だがこの光は希望ではない、ただの忘我にすぎない。

 それでも僕は街灯に集る蛾のようにそこから目を逸らすことはできない。逸らせば現実が見えてしまうから。


 誰か、誰か。


 ぴこん。スマホの画面が点く。

 救済の光を求め僕は手を伸ばす。


 『いやー今回のテスト範囲見てみたら案外チョロそうだったわ。そっちはどう?』


 手にしたスマホをそっと机に戻した。代わりに再びゲームコントローラーを手に取る。今度は離さぬよう強く。もうこれしかないから。


 そして僕はまばゆい光を放つモニターに映るキャラクターに合わせてまた指を動かし始めた。


 かちゃかちゃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奏でよ愚か者 海老原ジャコ @akakara98

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ