112 ザ・ファンタジー

 中央廟ちゅうおうびょうの最下層。『聖のゆりかご』と呼ばれるその場所で俺が見たものは、毅然きぜんとして待ち構えるハイドと、その足元に横たわるクラウの姿だった。


「クラウ!」


 ハイドの肖像画を本人に預け、俺はクラウに駆け寄って膝をつく。

 暗がりに目が慣れてくると、徐々にその様子が闇に浮かんできた。怪我をした様子も、血が流れた感じもない。


「気絶しているだけです」


 ハイドは平然とそんなことを口にした。

 触れてもいいのか躊躇ためらいながら、俺はそろりとクラウの腕に手を乗せた。体温の温かみと小さな呼吸音を感じ取ることができて、俺は「良かった」と胸を撫で下ろす。

 まずは一安心……と言いたいところだが、喜んで居られる状況ではない。


「何があったんだよ」


 俺にはもうハイドが悪人にしか見えなかった。それはもちろん明白な事実ではないが、俺は気持ちを抑えきれずに立ち上がり、その胸ぐらを掴みかかった。

 ハイドは動じることもなかったが、長く垂れた髭を数本巻き込んでしまったらしく、鋭い怒りを目に込めて俺をジロリと睨みつける。


「やめな、ユースケ。元老院議長に盾突こうなんて、アンタにとって都合の悪いことにしかならないよ」

「そんなの、俺には関係ねぇし」

「そう思うなら、この国のことに口出しなんてしないで元の世界にお戻り」

「それは……クラウだって……」

「クラウ様は、この国の王になる覚悟を決めた。その重さを私たちは尊重せねばならないんだ」


 ティオナの主張に対し、ハイドは何も言おうとはしなかった。ただ黙って俺を見ている。

 苛立つ俺をハイドから引き剥がして、ティオナが「今は止めなさい」と小声でさとした。


「けどハイド、何があったかくらい言ってあげてもいいんじゃないかい? まぁ、こうなってるってことは、ダメだったんだろうけどね」


 ハイドの答えを待たずに、ティオナは細い腕を組んで部屋の奥を見やった。

 改めて辺りを見渡すと、ここは『部屋』とは言い難い場所だった。

 足元は硬い土。壁というよりは剥き出しの土や岩がぎっしりと詰まった洞窟のような場所で、その端がどこなのか分からないほどに広い。


 「本当にここは地面の下なんだね」と呟くヒルドの言葉に、俺は思わずうなずいてしまった。

 照明は土の天井に刺さった無数の松明たいまつだけなのだから、暗いのは当たり前だ。空気の確保ができているだけでも良しとしなければならない。


 「あれじゃない?」とヒルドが俺の腕を引いた。指差した方向へ目を凝らすと、闇にぼんやりと光る刃を捉えて、俺は足早に近付いてその剣を確認した。


「これが聖剣……」

「僕も見るのは初めてだよ」

 

 それはここが異世界であることを象徴するような光景だった。

 何かで囲われることもなく、ただこんもりと土が盛り上がった所に、垂直に突き刺さった状態で豪華な剣が鎮座している。

 細かい装飾の施されたつかには、藍色の大きな宝石がはめ込まれていた。俺の剣より一回りは大きいだろう。

 ゲームの世界で言えば最終武器。メルの背中にある剣が今までそれっぽいと思っていたが、それとは毛色が違っていた。


 ただ、地面に突き刺さっているのは先端だけで、一見俺でも抜けそうな気がしてしまう。

 触れようかと伸ばした手を引き戻して、俺は背後の二人を振り返った。


「抜けなかったってことですか、クラウは……」


 ハイドは仏頂面ぶっちょうづらのまま浅くあごを引いた。


「クラウは、これを抜くためにあっちの世界へ行ったんじゃなかったんですか? 意味がなかったってことですか?」


 丸一日を向こうで過ごしたことは、クラウが聖剣を抜くためだと聞いた。けれど俺はその詳細を知らないし、宗助そうすけに会ったりカフェに行ったりしたことがそれに繋がるとも思えなかった。

 それでも、帰ってくる時のクラウは穏やかな表情をしていた気がする。不安なんて見せなかった。だから俺は安心しきっていたのかもしれない。


「どうだろうね」


 くやし気な感情をにじませて、ティオナは首を横に振る。

 聖剣はこの国にとって魔王を象徴するものだ。

 国が厄災に見舞われた時に、魔王が国民を守るための剣。聖剣が魔王と認めた人だけが抜けるというなら、やっぱりクラウはまだ国王にはなりきれていないんだろうか。


「けれど、クラウ様は今までの王とは事情が違う。クラウ様は、国民が認めた王なのです」


 王位継承の直前までメルーシュがその剣を握っていたから、次の王に渡る前に一度この場所で眠らせなければならなかったという。それが今に至るのだと、ハイドが重々しく語った。


「だったらそれでもいいんじゃないですか? これが抜けなくたって、国民がそう認めたなら……」

「国民は、抜けないなんて思ってもいないんですよ。国王が聖剣を抜くことにこれだけ難儀なんぎするなんて想像もできないでしょう。聖剣を抜くことは、王になる大前提」


 「確かにそうかもね」と、ヒルドでさえ口にする。


「聖剣の存在は、戦いを抑止よくしさせる。国の安寧あんねいを意味するんだよ」


 ティオナがそう締めて、横たわるクラウにそっと触れた。


「そう悠長にしてはいられないけど、まずは休んでいただこうか」


 俺が「あぁ」と同意して頷いた。ヒルドは「僕たちも休もうか」と自画像を再び俺に突き返して部屋の入口へと向かった。

 すれ違いざまに、ティオナの手がポンとヒルドの手に触れる。

 「えっ」と彼女を振り返るヒルド。

 俺は何か起きる予想すらできなかった。


「先に行くよ」


 ティオナはそう言うと、一瞬でそこから姿を消してしまった。

 クラウどころか、ヒルドさえも道連れにして――。


 何故か取り残された俺。

 どうせならもう一人連れて行ってほしかったと痛烈に思う。

 この展開は俺にとって不本意以外の何物でもなかった。




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