111 底の底の底

 まさかこれもゼストがあつらえた衣装なのだろうか。

 前回会った時までの彼女は、フワフワでヒラヒラのファンタジーな服を着ていて、俺は布の隙間から覗く太ももにエロチシズムを感じていたわけだが。


 今回はガラリと様子が変わっていた。

 体の線にぴったりと張り付いた、ワンショルダーの白いワンピース。腰の位置で不必要に開けられた菱形ひしがたの穴から、色白の肌が露出している。

 向こうの世界に飛ばされる直前で見た彼女はもう少し年上に見えたが、今は最初に会った時同様に、10代の少女の顔になっていた。

 太ももまでスリットの入ったくるぶし丈のスカートは、脚の線にぴったりと貼りついた破廉恥はれんちなものだ。その奥に秘めた異世界事情が俺の妄想を刺激してくるが、今はそんなことを考える時じゃない。

 第一、中身は老婆らしいから魔法というものは罪深いものだ。


「ティオナ様、いつお戻りになられたのですか?」


 冷静さを装う兵士たちですら、目のやり場に困る始末しまつだ。

 ティオナは生足に履いたハイヒールをカツリと鳴らして、仁王立ちで彼らに構えた。


「さっきだよ。状況は把握してるつもりだ。今クラウに会っても、後悔するだけだと思うけどね。クラウは、誰の謁見えっけんをも拒否してるんだろう? お前にも会いたくないってことなんじゃないのかい?」

「そう思われてるなら仕方ないけど。俺は、ただ会いたいと思っただけなんです」


 俺はやはりこの国にとって部外者なんだろうか。クラウの治めるこの国で、国王の兄弟というのはただの肩書でしかないのかもしれない。


「自分の衝動を押し通そうというのかい?」

「そうじゃありません」

「ティオナ様、それじゃユースケが可愛そうだよ。何か方法はないの?」

「方法ねぇ……」


 ヒルドの説得に唸るティオナ。俺たちは階段どころかエントランスに一歩入った場所で足止めを食らったままだ。


「じゃあ、クラウはここで何をしているんですか? 他の修復師たちと一緒なんですか?」

「修復師たちは奥で休んでるよ。クラウは別の場所だ」

「別? 一人で……?」

「一人ではないけど。気になるかい?」

「当たり前です。俺とあいつは兄弟なんでしょう? 他人じゃないんだ」


 張り上げた声が何倍にもなって、石造りのエントランスに響き渡る。

 ティオナは唇を横一文字に固く閉じて、上目遣いに俺を睨んでいた。

 「じゃあ」と響いた彼女の声が鋭い刃を持ったようにとがって、次の言葉を俺に突き刺してくる。


「他人になる覚悟はあるかい?」

「……えっ?」


 俺は突然の言葉に呆然と首を傾げた。


「それって、どういう意味ですか?」


 あっちの世界に俺たちを迎えに来たヒルドが、ティオナの言葉だと言って同じ言葉をクラウに伝えた。


 ――『覚悟はできたか?』


 その意味も俺にはわからない。

 ティオナは黙ってうっすらと笑みを浮かべた。それは何を意味するのだろうか。

 何が何だか分らぬまま、彼女の言葉を何度も頭でくり返した。するとティオナは腕に掛けたひらひらの布を、羽衣のようにくるりとひるがえし、俺たちに背を向けたのだ。


「ついておいで」


 入ってもいいという事だろうか。

 戸惑いながら「いいんですか?」と確認すると、ティオナは「いいわよ」とあっさり答えて道を開けるよう兵士たちに指示した。


「言っただろう? 中立でいたいって。私はこの世界の動向をはたでそっと見ていたいんだ。けど、行かないほうがいいと言ったのは忠告だよ? 覚悟はあるかい?」

「あります」


 話の内容などこれっぽっちも理解していないが、今の俺はクラウに会えるなら何でもできそうなくらいに気持ちが急いていた。


 ティオナの奇麗な青髪と華奢な背中を追って向かったのは、やはり地下への階段だった。

 まず最初にティオナがいつも居る『中枢ちゅうすう』があり階段からも中を少しだけ覗くことができたが、そこには誰も居なかった。

 次はセルティナとの戦闘中にハーレム女子たちが避難していたという部屋だ。けれど、今彼女たちは修復された城に戻っている。


 俺はまさかと嫌な予感をつのらせた。

 いや、それを予想していなかったわけではない。からの避難部屋を横目に、俺はティオナの説明よりも先に、その予感をぶつけた。


「まさか、この下なんですか?」


 『聖のゆりかご』――これより先には、聖剣の眠るその場所しかなかった。

 「この下に部屋があるの?」とヒルドが驚愕きょうがくする。


「そこに聖剣があるらしいぜ」

「あっ……そういうこと?」


 ヒルドは思い出したように目を見開く。

 階段が途切れたところでティオナが足を止めて俺たちを肩越しに振り向いた。


「引き返してもいいんだよ?」


 そんなことを言われたところで、今更戻る気はない。

 「行きます」とヒルドと声を合わせると、ティオナは視線を返して「よし」と目の前の扉に手を掛けた。


 背の高い観音開きの扉を力強く押し開けると、仄暗い空間が広がった。そして行く手を阻むように、予想外の人物が立ちはだかる。


「ハイド……」


 どうしてお前がここに居るんだと言いたかったけれど、ここにクラウ以外の誰かが居るというなら、それ以外の人物なんて俺には想像できなかった。

 浅葱あさぎ色の目にまっすぐ見つめられ、俺は委縮いしゅくしてしまう。彼に気を取られて、俺は重大な事実を見落としていた。


「クラウ?」


 先に気付いたヒルドが、ハイドの足元をそっと覗き込んで、俺はそれを追って目を凝らす。

 暗がりに隠れてはっきりとは見えなかったが、そこに横たわる影があった。

 顔は向こうを向いているが、後頭部で結ばれた髪や身体は彼以外の誰でもない。


 死という言葉が頭をよぎって、俺は衝動的に叫んでしまう。

 

「うわぁぁああ!!」


 その声はどこまでも響き渡り、そして天井に吸い込まれるように消えていった。

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