10 彼女が俺に残したもの
そして異世界行きを決めた俺と魔王クラウザーは、ひとまず俺の家へと向かった。
異世界へ行くにあたって、着ているもの以外に一つだけ何か持って行ってもいいと言われたからだ。
公園から出る直前で無理矢理マントを外させると、クラウは渋々と黒い布を腕にぶら下げた。こうすると長髪の違和感なんて、イケメン効果でむしろプラスに働いてしまう。
通り掛かりの御婦人が、何度もクラウを振り返って嬉しそうな顔を向けてくる。
「それにしても、やっぱりこの世界の女性は胸が大きいんだね」
さっきのおばちゃん達や御婦人を見て言ってるのだろうか。俺は射程圏外の胸なんて視界に入って来ないから、彼女たちがどうだったかなんて全然記憶にはない。
「そ、そうだな。あのマーテルさんよりは大きい女の方が多いかな。やっぱ、お前の居る異世界の女ってのは、貧……胸がないのか?」
女が全員貧乳なら、恐らく『貧乳』なんて言葉は存在しないだろう。
クラウはその胸中を込めて、神妙な顔で
「そうなんだよ。男も女も変わりないからね。この世界の女性の胸を初めて見た時は、実に素晴らしいと思ったよ。こっちじゃ「おっぱい」って言うんだろ?」
「お、おぅ。そうだな」
公道で突然発された言葉に、俺は「うわぁ」と慌てて辺りに誰も居ないことを確認する。確かに男女差がないのなら、異世界人の胸は異世界人にとって、ただの胸かもしれない。
「本当、この世界は神秘的だね」
疲れの混じる溜息は、絶望の色を漂わせる。
☆
程よくして家に着くと、共働きの両親はもちろん留守だった。
息子がこんな時間に異世界人を連れ込んでいるなど夢にも思っていないだろう。
再びマントを装着したクラウと、2階にある俺の部屋へと階段を上った。
「相変わらずこの世界の部屋は狭いね」
「城と比べんなよ」
天井を見つめながら、「押しつぶされそうだね」と眉をひそめるクラウの事など放っておいて、俺は自分の部屋をぐるっと見渡した。
何を持っていこうかと考えた所で、俺はふと本棚に並んだアルバムを手に取った。これを持っていこうという訳じゃない。この中にたくさんある筈の美緒の写真がどうなっているのか確認がしたかったのだ。
そして現実に打ちのめされ、涙が止まらなくなってしまう。
小さい頃の俺も、大きくなった俺も、隣に美緒は居なかった。
写真に写る風景に見覚えはあるが、記憶の写真とは少しずつシチュエーションが変わっていて、記憶にない記録をそこに残している。
学校のアルバムにも美緒は名前すら存在していない。
やはり彼女の全てが抹消されている。
「こんな気持ちになるなら、俺の記憶も消えれば良かったのかもな」
胸が苦しいなんて感じたことなかった。
何も覚えていなければ、この作られた『正常』を素直に受け入れられたはずだ。
「消してあげようか? 消すだけなら僕にもできるよ」
戸口に立つクラウが、そんな選択肢を持ちかけてくる。
それもいいかもしれないと思ってしまう俺は、自分が思っている以上にどん底にいるらしい。
「けど、保管者に代替えは居ないからね? 保管者を失った転生者は、元の世界の居場所を失うから、二度と戻っては来れないんだよ」
「……なんだよ。じゃあ、変な期待させんなよ。そんなこと言われたら、やっぱり俺が行くしかないだろう?」
涙を拭ってゆっくりと上げた視線が低い
「美緒――」
彼女が読めと俺に勧めてくれた本だった。
どうしてこれがここに残されているのかは分からない。
「これ、彼女に借りた本なんだ。消えなかったんだな」
「きっと本人の要素が薄くて、取り残されてしまったんだね」
「じゃあ、俺はコイツの出した謎かけに気付いてやれなかったって事か」
そこに印されたタイトルに、俺は思わず苦笑いする。
『異世界の魔王とセーラー服の女王様』
今まで全然気付かなかった。けれどこれを借りた時、美緒は俺が好きそうだからと言っていた。
そんな会話をしたのは、1週間ぐらい前だろうか。
「知ってたんだな……」
その本の表紙には、さぁ行こうと言わんばかりに右手を高く
どちらかというと、実物の魔王の方がイケメン――いや、悔しいからやめておく。
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