異世界転生と生死、儚き約束

鈴原ヒナギク

転生と約束

 私の死と再生の過程は、こう表現すべきだろう。

 ──いわゆる、「異世界転生」であると。

 前世の記憶を、ある日突然思い出したのだ。見ればつい目をつむってしまう、カメラのフラッシュのように。魔法使いを志したのも、それがきっかけだった。

 死の記憶は、それほど辛いものではなかった。目の前にトラックが迫り、一瞬のうちにそれを認識した。それが最後の記憶である。一度思い出してみれば、ただそれだけの事だと思えた。どうという事もない、と。不慮の事故で死んだ瞬間の記憶、それの感想は、単純で粗雑なものであった。痛みも思い出せなければ焦りがフラッシュバックすることも無かったからである。もしかしたら痛み自体は、ただ忘れてしまっているだけなのかもしれないが。そんなことはどうでもいい。考えても何の利益にもならない。

 私は一度死に、その後生き返った。しかしながら元居た科学文明ではない魔法文明で、元の体ではない別の肉体で、新しく生を受けたのだから、生き返った、という表現は間違ったものと言えよう。せめて生き返ったのは、前世の私の人格と記憶くらいのものだ。肉体はもう、とっくの昔に墓の中のはずだ。それくらい、私があそこで死んでから時が経った。

 そして私は今、あることを実現させようとしている。

 ──ここで、私の前世の話をしよう。


 私はかつて女子高生だった。友がひとり居た。今考えると、彼女は奇跡にも等しい存在だった。私のような偏屈と友好関係を持ってくれるという、奇異で有難い存在だった。我ながらよく、友人を作れたものだ。その有難さを真に実感したのは、残念ながら転生後だったわけだが。全く薄情だな、私は。

 当時の私は魔法使いではなく、世界を変革させるような能力も持ち合わせていない。こんな口調でもなかった。魔力も無ければ勉学も出来ない。何故二年生に進学できたのかすら、自分でもよく分かっていない。そんなポンコツ学生であった。おまけに自堕落。物忘れが激しく、成績を伸ばしたいと願っても、具体的な努力は実行できない。行えたとしても、長期間持続させることができない。自らの口から零れたネガティブな発言が、私を取り巻く。現状を嘆き、努力に失敗し、また嘆く。通常ならばそのまま底辺に堕ちていくわけだが、そのループから抜け出す手助けをしてくれたのが、私の友人であった。彼女は言った。

 自分の出来ることが今までなかったなら、それはこれから、頑張れば何でも出来るようになるってことだよ。人間って、自分が今までに習得したものをベースに、技を取得していくから。それがないって事はつまり、きみの挑戦を邪魔するものが少ないってことじゃないかな。とにかくやってみなよ、色々と。それでもし。これが得意だって、自信を持って言えるものが出来たなら、私に見せてほしいな。

 ──それはついに叶わなかった。交通事故によって、前世の私は死亡したからである。

 私はある日、その記憶を思い出した。前世で友人との約束を果たせなかったという事実を。それを見た私がどんな反応をしたかについては、今は思い出したくない。思い出したら、思い出してしまったら、また景色が滲んでしまうから。また息ができなくなるから。


 ──ここに魔法陣がある。その上に私は立っている。とある魔法を実現させるためのものだ。正円に限りなく近い陣の中に、術を形成するキーワードと、複数ある細かな発動させる順番を書いた文字列の羅列が、同じく円形に配置されている。全て手書きというのはかなり難儀であった。人間の細胞に例えるならば、前者は細胞膜、後者はそれの中に含まれる細々とした小器官である。これらを実際に機能させるために必要な核は、つまるところ私である。

 次元転移の魔法。高度な技術と魔力を必要とする上、複雑なプロセスでしか機能しないため、時間遡行と並んで、長らく実現不可能とされてきたものである。ここで言う次元とは、私が存在する、この魔法文明とは別の世界。異世界である。異世界の存在自体は、数々の伝承と民の体験──魂が遊離する臨死体験の類だが──それらによって語られてきた。ほとんど童話に近いものであるが。だが、肉体と魂を、記憶を保ったまま転送し、そのおとぎ話が真実であると証明した者は居なかった。ひとりも、ひとりも居なかった。

 だが。私がそれを、たった今実現させようとしている。

 私がかつて居た世界に転移し、そこでかつての親友に会う、という算段である。彼女が生きているかは分からない。私の容姿が前と異なっているため、私であると認識できないかもしれない。そもそも彼女がどこに居るのかすらも不明だ。

 それでも、私は会いたい。会って、どうしても言いたいのだ。

 「私にもついに、得意なことができた」と。

 私は目を瞑り、呪文を詠唱し始めた。唱えたこの魔法が、彼女に会う手助けとなることを祈りながら。

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