第2話 ホームレス冒険記!!!

 今の状況変えたいって思っとんやったら今から動いてみろ


 昨日の言葉が夢にまで出てきた。どうしても忘れたかったの言葉が頭の片隅に居座っている。

 どうして。あんな安い説教、今まで聞き飽きるほどにされてきたはずなのに。


 昨日早く寝たせいか、今日はいつもよりだいぶ早く起きた。

 一階に下りて、棚から適当にお菓子を漁る。この時間親は仕事、兄弟は学校に行っているので家には一人だった。


 机の上にこの前の模試の成績表が置かれてあった。全てE判定。現役の時よりもかなり悪くなっている。

 間には親からの「いい加減諦めて就職してみたらどうですか。現実を見てください。」という書置きが挟まれていた。


 成績表を握り潰し、ソファに寝転がり天井を見上げる。


 あぁ、今自分は一体何をしているんだろう。

 浪人生になり下がったが言い訳をして勉強はしない。

 今の現状を親や環境のせいにして、自分の手で変えようともしない。


 もうやめよう、こんな生活。昨日までで終わりにしよう。

 言い訳作りとか、責任逃れとか、この年でやることじゃない。いくらなんでも幼稚すぎる。今日で変わろう。

 

 実は昨日のの言葉は、あれほどまでに願った変化へのきっかけなのかもしれない。そう思うことにした。


 外に出よう。今の状況を変えるにはそれしかない。

 親や周りに頼りっぱなしで人のせいにしないために、誰も頼らず自分の力で生きてみよう、と決心した。


 もうこの家に戻ることはない、そう考えて身支度を整える。

 散らかった参考書や雑誌、マンガをまとめ、「ご自由にお取り下さい」と書いた紙を添える。

 ごみを出し、せめてもと考え掃除機をかけ床や壁を拭き、布団を外に干す。

 リュックの中にノートパソコン、充電機、数着の服など生活に必要な最低限のものを入れ、

 パソコンのデータをすべて消した。もうここには帰らない、という決心と共に家族に見られたら色々と詰むようなものをいちいち消して回るのが面倒だったからだ。


 スマホで「穀潰し脱出記」と称したスレッドを立ち上げ、こう書き込んだ。


 1名無しさん

 引きこもり生活やめて外出ることに挑戦する。

 近況をここに書いていくから暇なやつ見てくれたらうれしい。



 全ての準備が整った。19年間過ごしてきた小さな子供部屋に別れを告げる。

「今までありがとうございました」と書置きを残して部屋を出る。


 どこに行こうか。行くあてはなかったがとりあえず東に向かい歩き始めた。

 久しぶりに自分の人生の駒を自分で動かせている。そう感じられてとてもわくわくしていた。


 2名無しさん

 家を出た。免許も自転車もないので歩いて東に向かうことにした。

 土方でもブラックバイトでも何でもやる。自分の力で頑張ってみるわ。


 こうスマホで書き込んだ。

 未開拓地を自分で開いていくような楽しさに心を躍らせながら、一歩、また一歩と進んでいく。




 あたりはすっかり暗くなっていた。何時間も歩き続けていたはずなのに空腹は感じられなかった。

 自分にあったのは、足にたまった相当な疲労と道の場所への好奇心だけだった。


 そろそろ寝床を探さないと、と今いる町を散策し始めた。

 どこかホテルでも探そうか、と考え財布を見る。そういえば家を出るときに所持金を確認していなかった。そして今、絶望が告げられる。

 1207円。

 ネカフェにもラブホにも泊まれない。それどころか一週間生きていけるだけの食費もないんじゃないか。

 はぁ、公園に泊まるか。そう思い遠くに見えていた公園に向かった。




 3名無しさん

 馬鹿だった。

 何の計画性もなく外に飛び出したので金がないことに今気付いた。

 とりあえず今日はどこかも分からない町の公園の大きなの滑り台の中で過ごすことにした。

 いつまでこんな生活で生きながらえれるやろ。

 もう帰りたい。今までどれぐらい甘やかされとったかやっとわかった気がする。


 こう書き込み、今日はもう大人しく眠ることにした。




 目が覚める。時刻は午前五時前。


 5名無しさん

 寝心地は最悪だった。

 金が無いのが一番辛い。

 今からとりあえずバイトを探す。

 やりたいこともある。まだ死ねない。


 こう書き込む。

 スマホの充電は67%。明後日ぐらいにはどこか充電できる場所を探さないと生命線が断たれる。

 東に向かい歩き出した。




 8名無しさん

 住所不定ってのと浮浪生活が原因でどこも雇ってくれなかった。

 このままやと本当に死ぬ。

 お金節約しようって思って今日は何も食べてない。

 だいたい一日通して80キロぐらい歩いた気がする。

 何のために家出たんやっけ。さっきから頭が働かん。




 夜が近くなってきた。

 今日はこの小さな公園の、大きな傘のような屋根のついた休憩所のようなとこで休むことにした。

 蛇口から水を目一杯出し、空腹を紛らわすようにがぶ飲みする。

 昼間頭が痛くなって足がふらつき、どうしても自動販売機の誘惑に耐えられなくなってしまいジュースを買ってしまった。

 残り所持金1097円


 13名無しさん

 残金1097円。これで何日生き延びれるやろ。

 頭がぐわんぐわんする。目の周りに黒い円みたいなものが出てきてずっと消えへん。

 今はまだましかもやけど後何日もつか分からん。

 死にたくないなぁ。


 自分を心配してくれるコメントが来ていた。みんなやさしいな。

 気を失ったみたいに倒れて眠っていた。




 起きたら午後1時だった。

 流石に何か食べないと、と思い近くにあったハンバーガーショップに入る。もう立っておくのも限界だった。

 本当は一番大きなハンバーガーセットを食べたかったが、誘惑を断ち切って一番安いハンバーガーを注文する。

 スマホの充電をしたかったし休憩もしたかった。だから、その小さな小さなハンバーガーをチマチマと何時間もかけて食べた。


 21名無しさん

 食べ物があるってこんなにも幸せなんやな。

 やのに今まであることが当然って思って、自分ってなんでこんなにも馬鹿なんやろ。

 今まで甘えてったせいで今が滅茶苦茶きつい。

 こんな歳にもなって恥ずかしいけど、出来るんやったら声を上げて泣きたい。


 動き出さないと駄目なのは分かっている。分かっているけど、この安全地帯から離れたくない。




 疲れのせいか、やっと休憩が出来たせいか、周りの目も気にせず眠ってしまっていた。

 午後19時。スマホの充電も終わっていた。こんなとこにいつまでも居られない、そろそろ動き出さないと。

 都市部の方に向かうことに決めた。店が多い分、住み込みでのバイトをさせてくれるところもあるんじゃないか。そう期待して歩き出す。


 34名無しさん

 住み込みで働けるとこ探しに都市部に向かう。

 ハンバーガーを食べたはずやのに空腹が治まらない。

 頭が痛かったのとかめまいがしとったのは幾分かましになった。

 スマホの充電もできた。頑張ろう。


 気付いたら少しだがこのスレに勢いがついていた。泣きたくなるほどやさしい人たちの応援コメントが来ている。でも、身体も目も乾ききっていて涙一粒すら出てこなかった。




 あれから数日。

 結局どこも雇ってくれるところはなかった。

 持ってきた金は底をつき、食べるものが無くなった。


 道に迷い、見知らぬ街をただ永遠とさまよっていた。

 スマホの充電ももうほとんどない。いや、あったところで無駄だろう。道が分かったところで行くところも食べるものも歩く体力もない。


 疲れた。もう動けない。でもこんな町の真ん中で死んで迷惑をかけるわけにはいかない。

 そう思い町を歩き回る。

 あたり一面真っ暗で自分がどっちに進んでいるのかさえ分からなかった。

 疲労と、空腹と、ストレスで限界に近い状態で、頭が揺れるように動き、目がほとんど見えないような状態で、身体は言うことを聞かず、喉が焼けるように痛み、無い内容物を吐きそうだった。


 倒れそうになりながら山の方に進んでいると、一軒の家の前に来た。

 他の民家と違い、ぼろぼろで、人の気配はなく、お化け屋敷のような出で立ちをしていた。

 自分の行きついた先は廃墟だった。


 ここが自分の墓になるのか。


 そう思い、その廃墟に入っていったのだった。


 233名無しさん

 よく分からない廃墟に来た。

 不法侵入とか、幽霊に対する恐怖とか、もう何も感じられない。

 目の前が真っ暗で、目をつぶったら二度と開くことはないと思う。そんな気がする。

 後悔とか恨みとかももうない。

 ただ感じられるのは、もっと生きてみたかった、という感情だけ。

 今まで見てくれたみんなありがとう。

 それじゃあまた。





 ぼろぼろの床を進む。

 足を進める度に腐った板材が悲鳴を上げる。

 立っていられるほどの体力はなかった。所々穴があきほこりが積もった床を這うように進んでいく。

 奥の部屋に入ってこれた。ここならなるべく他人の迷惑にならないで死ねるだろう。


 瞼が重くなる。もっと生きたかった。もっといろんなことをしてみたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MOTHMAN ランドセル @jk519

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ