MOTHMAN

ランドセル

第1話 地底人!!!

 19歳。


 大学受験に失敗し、浪人生の道を歩み始めてから数カ月がたった。


 一日一回の食事と風呂、トイレ以外は陽の当たらないこの薄暗い部屋に独り引きこもる生活を送っていた。


 ここ数週間家族とは顔も合わせていない。家族は自分のことを居ないものとして扱っているんだろう。

 それこそ浪人が決まってすぐの時は自分にご飯を食べろだの運動しろだの言ってきてはいたが、いつからか自分の分のご飯は用意されなくなり、たまに下に降りたとしても誰も見向きすらしなかった。


 一階からはテレビの音や話し声、食器を片づける音が聞こえる。

 窓の外からは小さい子が父親と遊んでいるのだろう、パスパス!という声とボールが地面を転がる音が響き渡っていた。

 その全てが、今の落ちぶれた自分を嘲笑っているかのように聞こえる。あいつはもう駄目だとか、あの窓の中には屑が引き籠っているだとか、とにかく自分のことを言われているんじゃないか、ととても怖かった。


 窓を閉め切りカーテンを閉める。電気ををつけ、耳にイヤホンをつけた。


 パソコンの電源を入れる。いつものように掲示板を開いた。今の自分にとってはここが唯一の居場所だった。


 引き籠るようになってからずっと「負け組板」を見るのが日課になっている。


 自分と同じかそれ以上にひどい境遇の人たちとお互いを励まし、慰め合っている。吐きだめのような汚れきった場所でも、今の自分にとっては精神を支えてくれている一本の蜘蛛の糸のようなものだ。


 いつものように同情を求めて書き込む。


 154名無しさん

 親に言われた高校に入学した。自分は美術系の学校に進みたかったのに親と高校の風潮がそれを許すわけがなく、無理やり塾に入れられ、親の選んだ大学を受けさせられた。

 親の束縛を逃れるために何度も家を飛び出し逃げたが、その度親は警察に捜索願を出し、自分が悪者にされた。

 受験に失敗し、今は浪人生。

 付き合っていた彼女には、受験に落ちたショックで暴言ばっか浴びせるようになってしまい振られた。

 友達は数人いたが全員大学でできた友達と仲良くしていて、今も親しい人はいない。

 これから自分はどうすればいい。死にたい。


 こうやって書きこんだところで現状が変わらないというのは分かっている。でも、どこかに不満を吐き出さないと今度は自分が潰れてしまう。


 現実ではもう見向きもされない自分という存在を、匿名の人たちは対等の人間として扱ってくれる。自分と同じ境遇に置かれている人たちが自分の心を癒し、励ましてくれる。生身の人間よりよほど温かみを感じた。

 だからいつまでも依存してしまっていた。




 インターネットの世界をさまよい、数時間が立った。気付けば時間は午前1時前だ。

 家族ももう寝たはずなので、パソコンの画面を閉じ、食料を求め一階に下りる。

 冷蔵庫の中にある夕食の余り物を適当に電子レンジにかけ、おはしとコップを机の上に出す。

 温まったご飯を机の上に並べ、テレビをつける。


 今日は「Office【War】ker」の最終回だ。

 今まで何をやっても失敗してきた林という落ちこぼれのサラリーマンが、ある日力を貰いヒーローになるというありきたりな設定のアニメだ。

 ありきたりだが、何かとりこまれるような面白さがある。

 林はまるで自分を見ているかのような人物で、応援したくなってしまう自分がいる。

 自分もこうなりたい。林のように今の自分を変えるチャンスが欲しい。


 まぁ、どうせ無理か。


 アニメが終わり、食器を片づけ、お風呂に入る。

 曇った鏡越しに自分の情けない身体が映るのを出来るだけ見ないようにしながらシャワーを取る。鼻の先ほどまで伸びた髪を洗い流し、白くやせ細った体を洗う。

 アニメの世界から急に現実に叩き落とされた感じがして気分が萎える。




 風呂から上がった。半乾きの髪のまま部屋に入り、パソコンの画面を開く。ちょうどさっきのアニメの評価についての話題が盛り上がっていた。。


 俺にも力があったら(64)

 1名無しさん

 俺にも林みたいに今の自分を変えるチャンスがほしい。今のどん底みたいな現実から抜け出したい。自分に力をくれるんやったら絶対誰よりも上手く使う。


 2名無しさん

 分かる


 3名無しさん

 >>1これ

 今の状況から抜け出すためやったらなんでもやるわ。


 みんなも自分と同じようなことを考えていたんだ、と少し嬉しくなる。


 下にスクロールしていく。


 21名無しさん

 お前ら何があったら変われる、とか言う都合のいい言い訳していろんな事から逃げ続けとるだけや。ほんまに今の状況変えたいって思っとんやったら今から動いてみろやカス。それが出来んやつなんかチャンスが来ても台無しにするだけやぞ。


「何やねんこいつ。」

 自分の現実逃避を滅茶苦茶にされた感じがしてとても気分が悪かった。


 22名無しさん

 >>21そんなん分かって言っとんねん空気読めks


 23名無しさん

 >>21マジレス楽しいか?


「ここにおる時ぐらい逃げさせろよ。」


 分かっている。自分がこのまま動かないとさらに落ちぶれて取り返しがつかなくなってしまうのは分かっている。

 でもそんなに簡単に動き出せない、だからいつまでもここにいる。そしてこうやって独り取り残された。


 考えるのも悲しかった。せっかくいい気分だったのに、萎えた。


 パソコンの電源を落とし、布団に入る。

 今日はもうこれ以上起きていたい気分ではなかった。


 あぁ、なんでもいい。今の状況から抜け出せるきっかけがほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る