第13話「亡霊」(2)

「いつ誰と一緒に乗船したのか、何を食べたのか、何をして過ごしたんか。そういった記憶は徐々に戻りつつあるというのに、被害者は誰一人として、夢喰い人アルプトラウムの顔だけは思い出せていないだろう? あの事件の後、軍はその点に疑問を持って密かに調査を続けていたんだ」


 と、周防さんはすぐに体勢を起こし、膝の上に手の平を乗せてじっと見つめた。


夢喰い人アルプトラウム闇人ナハト……あの犯人は、両方の力を持っていた可能性がある――と仮説を立てたんだ」

「2つの力? 魔女の力は1つしか受け継がれないんじゃないんですか?」

「ごくまれに、2つの力が覚醒することがあるらしい。仮にそうだとしたら、未だに記憶が戻らないことの説明がつく」

夢喰い人アルプトラウムの力で記憶を消して、闇人ナハトの力で思い出せないよう呪いをかけているってことですか?」

「アオイが言っていただろう? 闇人ナハトの呪いは、かけた本人にしか解くことができないって。だから未だに、その部分の記憶だけが戻らないんじゃないか?」

「確かに……夢喰い人アルプトラウムの力をもってしても、完全に記憶を消すことはできないって、エレナさんの事件が教えてくれましたからね」


 私は古書館の奥にずらりと並ぶ資料を眺めた。その時、脳裏に浮かんでいたのはエレナさんの姿だった。

 きっと思い出せる――エレナさんは自分自身を信じて自ら記憶を消した。その力が、そして想いがそうさせたのか、あるいは奇跡だったのか。消されたはずの記憶は見事に戻った。

 それまで、夢喰い人アルプトラウムの力で消されてしまった記憶は二度と戻ることはないと思っていた。ハンス・ペルシュメーア号事件を経たからこそ、その思いが強かったけれど、彼女の行動は〝諦めない強さ〟を教えてくれた気がする。


 人が起こす奇跡にも似た執念しゅうねんさえも跳ね除け、記憶が戻ることを拒む力があるとすれば、それは魔女の力の中で最も強大と言われる闇人ナハトの力以外にはないだろう。


「軍が立てた仮説が正しければ、俺はあいつの顔を見てしまったために、記憶を作り変えられた可能性がある。思い出せないよう、その記憶を封じられたのかもしれない」

「そっか……だから、あの夢喰い人アルプトラウムの顔は周防さんだったんですね。闇人ナハトの力があれば、思い込ませるような呪いをかけられますから」

「あくまで推測にすぎないけどな」

「推測でもなんでも、あの夢喰い人アルプトラウムが周防さんじゃないってわかれば十分です」


 これ以上にないくらい、私は深い溜息をついて周防さんの肩に額を寄せた。周防さんは子供をあやすみたいに、私の頭をそっと撫でてくれた。


「もしかしたら、この記憶が役に立つかもしれない。今、止まったまま先へ進めなくなったペルシュメーア号事件が、動き出す可能性もある。来栖に、この記憶のことを話さないとな」

「そうですね。あっ、でも……私が眠ってる周防さんを見て、触れたいって思ったこととか、そういうのは言わないでくださいねっ」

「わかった、俺の記憶にだけ留めておくよ」


 そう言いつつも、周防さんはククッと喉を鳴らした。どさくさに紛れて言ってやろうと企んでいるような笑いが気になる。放っておくと言ってしまいそうな気がして、私は顔を上げて詰め寄った。


「絶対、駄目ですからね! いいですね!」

「あー、はいはい」


 笑いかけるその表情が、不意に蓑島リョウと重なった。

 愛しいと思う者を見つめる眼差しは、言葉がなくともそこに想いが込められている。これも推測でしかないけれど、蓑島のあの目は、想い人を見つめる眼差しにしか思えなかった。



「やっぱり、蓑島リョウは新堂スミレに恋をしているのかもしれない」

「蓑島? どうしたんだ、急に」

「今、周防さんの笑顔を見て、やっぱりそうなんじゃないかって思ったんです。ほら、今回の事件、なかなか進展しないままだから。蓑島の目的でもわかれば、何か答えに繋がるような気がして、色々と考えてみたんです」

「それで行きついたのが〝新堂スミレに恋をしている〟なのか?」


 何度も頷く私に、周防さんもアオイさん同様に、あり得ないという顔をしながら首を傾げた。


「これも推測ですけどね。でも、連れ去った彼女達を見つめる蓑島の目は、相手を想う優しい目をしていました。確証はないけど、そんな気がしてならないんですっ」

「要するに、手が届かない存在を手に入れるために、偽物の新堂スミレを作り出して傍に置いていた……ということか」


 周防さんは席を立って作業机へと向かった。乱雑に並べられた被害者の女性達の写真をじっと見下ろす。私もそこへ歩み寄り、一緒にそれを眺めた。


「新堂スミレだと思い込まされたという点以外、彼女達の年齢や出身、生い立ちに共通点はないが……」

「きっと見えていないだけで、何かあるはずです」

「何か、ね……ん?」


 一枚写真を手に取った。

 そこに写った女性は色が白く、髪は淡い栗色をしている。名前は安原ナナ、15歳。2週間ほど前に行方不明になったと、写真の裏に日付と内容が簡単に記されている。


「周防さん。その人……どことなく新堂スミレに似ていませんか?」

「あぁ、俺もそう思った。いや、彼女だけじゃない」


 周防さんは何かに気づき、散らばった写真を1つずつ右から左へ、1列に並べて行く。1枚、また1枚と揃えられていくにつれて、見えなかった答えが現れた。


「彼女達が行方不明になった日付順に並べ替えてみた。ミズキ、どう思う?」

「周防さん、やっぱり蓑島は……」

「ミズキの言うとおりかもしれないな」


 私達の視線は写真へと落ちた。

 右端に置かれたのは、最初に保護された2人の写真。彼女達にこれといって特徴はないものの、並べられた写真は左へ行けば行くほど、彼女達の容姿は新堂スミレに近いづいていく。そして最後の彼女――安原ナナが最も似ていることに気づかされる。


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