第13話「亡霊」(2)
「いつ誰と一緒に乗船したのか、何を食べたのか、何をして過ごしたんか。そういった記憶は徐々に戻りつつあるというのに、被害者は誰一人として、
と、周防さんはすぐに体勢を起こし、膝の上に手の平を乗せてじっと見つめた。
「
「2つの力? 魔女の力は1つしか受け継がれないんじゃないんですか?」
「ごく
「
「アオイが言っていただろう?
「確かに……
私は古書館の奥にずらりと並ぶ資料を眺めた。その時、脳裏に浮かんでいたのはエレナさんの姿だった。
きっと思い出せる――エレナさんは自分自身を信じて自ら記憶を消した。その力が、そして想いがそうさせたのか、あるいは奇跡だったのか。消されたはずの記憶は見事に戻った。
それまで、
人が起こす奇跡にも似た
「軍が立てた仮説が正しければ、俺はあいつの顔を見てしまったために、記憶を作り変えられた可能性がある。思い出せないよう、その記憶を封じられたのかもしれない」
「そっか……だから、あの
「あくまで推測にすぎないけどな」
「推測でもなんでも、あの
これ以上にないくらい、私は深い溜息をついて周防さんの肩に額を寄せた。周防さんは子供をあやすみたいに、私の頭をそっと撫でてくれた。
「もしかしたら、この記憶が役に立つかもしれない。今、止まったまま先へ進めなくなったペルシュメーア号事件が、動き出す可能性もある。来栖に、この記憶のことを話さないとな」
「そうですね。あっ、でも……私が眠ってる周防さんを見て、触れたいって思ったこととか、そういうのは言わないでくださいねっ」
「わかった、俺の記憶にだけ留めておくよ」
そう言いつつも、周防さんはククッと喉を鳴らした。どさくさに紛れて言ってやろうと企んでいるような笑いが気になる。放っておくと言ってしまいそうな気がして、私は顔を上げて詰め寄った。
「絶対、駄目ですからね! いいですね!」
「あー、はいはい」
笑いかけるその表情が、不意に蓑島リョウと重なった。
愛しいと思う者を見つめる眼差しは、言葉がなくともそこに想いが込められている。これも推測でしかないけれど、蓑島のあの目は、想い人を見つめる眼差しにしか思えなかった。
「やっぱり、蓑島リョウは新堂スミレに恋をしているのかもしれない」
「蓑島? どうしたんだ、急に」
「今、周防さんの笑顔を見て、やっぱりそうなんじゃないかって思ったんです。ほら、今回の事件、なかなか進展しないままだから。蓑島の目的でもわかれば、何か答えに繋がるような気がして、色々と考えてみたんです」
「それで行きついたのが〝新堂スミレに恋をしている〟なのか?」
何度も頷く私に、周防さんもアオイさん同様に、あり得ないという顔をしながら首を傾げた。
「これも推測ですけどね。でも、連れ去った彼女達を見つめる蓑島の目は、相手を想う優しい目をしていました。確証はないけど、そんな気がしてならないんですっ」
「要するに、手が届かない存在を手に入れるために、偽物の新堂スミレを作り出して傍に置いていた……ということか」
周防さんは席を立って作業机へと向かった。乱雑に並べられた被害者の女性達の写真をじっと見下ろす。私もそこへ歩み寄り、一緒にそれを眺めた。
「新堂スミレだと思い込まされたという点以外、彼女達の年齢や出身、生い立ちに共通点はないが……」
「きっと見えていないだけで、何かあるはずです」
「何か、ね……ん?」
一枚写真を手に取った。
そこに写った女性は色が白く、髪は淡い栗色をしている。名前は安原ナナ、15歳。2週間ほど前に行方不明になったと、写真の裏に日付と内容が簡単に記されている。
「周防さん。その人……どことなく新堂スミレに似ていませんか?」
「あぁ、俺もそう思った。いや、彼女だけじゃない」
周防さんは何かに気づき、散らばった写真を1つずつ右から左へ、1列に並べて行く。1枚、また1枚と揃えられていくにつれて、見えなかった答えが現れた。
「彼女達が行方不明になった日付順に並べ替えてみた。ミズキ、どう思う?」
「周防さん、やっぱり蓑島は……」
「ミズキの言うとおりかもしれないな」
私達の視線は写真へと落ちた。
右端に置かれたのは、最初に保護された2人の写真。彼女達にこれといって特徴はないものの、並べられた写真は左へ行けば行くほど、彼女達の容姿は新堂スミレに近いづいていく。そして最後の彼女――安原ナナが最も似ていることに気づかされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます