第14話 「命ノ秘密」

 あれから1週間が経った。依然として、エレナさんの行方はわからないまま。

 本来、古書館の夢喰い人アルプトラウムとしての仕事は、記憶の復元や押収品の資料を起こし、参考調査業務をし、資料の管理をするのが基本。それ以外のことは他の部署の仕事になる。エレナさんが見つからない以上、私達は普段の業務に戻らなければならなかった。


 少しでも早くエレナさんを見つけ、記憶の復元をしてあげたいという、私と周防さんの希望もあって、特務局の仕事の一部を任されることになった。

 エレナさんの行方を追う手がかりを掴むため、来栖さんからある仕事を託され、さっそく、私と周防さんは行動を起こしたのだけれど――


「どうして駄菓子屋さんなんですか?」


 帝都から南へ、汽車に乗って3時間。ここは〈ナカベニ〉という名の田舎町。

 私と周防さんはお揃いの紺色の着物を纏い、馬型機械人形が引く屋台にたくさんの駄菓子を積んで、ナカベニ小学校の通学路の途中に佇んでいた。


「子供を誘き寄せるには、駄菓子が一番だろ?」

「寄ってくるとは限りませんよ」

「寄ってくるように、しっかり誘い込めば問題ない」

「誰が客引きをするんです?」


 無言で指差され、ニヤリとされた。

 私は「はい、はい。わかりました」と、小さく小刻みに頷く。溜息をつきながら、懐に入れていた写真を取り出した。

 そこに写っているのは、黒縁くろぶちの丸眼鏡に、目が隠れるほど長い前髪が印象的な、美影ユウトという少年。裏には〈加倉井ヨウ→美影ユウト〉と書き込まれている。


 さかのぼること数日前――エレナさんの行方を捜す一方で、彼女が思い出したくないと口にしていた〈命の記録〉に記されている人物達の素性を調べていた。

 美影ユウトと対になっている加倉井ヨウは、この国では名の知れた加倉井酒造の当主であり杜氏。数年前に、金粉入りの高価な果実酒を発売したことが世間でも話題になっていた。

 

 一方、美影ユウトは、エレナさんが育ったカンナルサ教会の孤児院出身だった。そこから他の者も同様に〈富豪・資産家→孤児院出身の子供〉で構成されていることがわかった。

 彼らに接点は見当たらない。考えられるとすれば、対になった名前は、加倉井ヨウが美影ユウトを養子に迎えたという、流れを示しているのではないか。そう思ったけれど、この予想も外れていた。

 美影ユウトは五年前、〈ナカベニ〉に住むごく普通の一般家庭に引き取られている。他の子供達も同様に、一覧の富豪達とはなんら関係なく、現在は別の家庭で生活をしていた。


「この矢印で組まれた名前、どういう意味なんでしょうね。孤児院、あるいは個別に寄付や援助をしていたってところでしょうか?」

「仮にそうだとして。エレナさんの、あの取り乱し方はどう説明する?」

「んー……寄付をしてくれていたなら、良い事ですからね」


〝思い出したくないっ!〟


 涙を流して叫んだあの姿は、今でも脳裏に焼きついて離れない。記憶のないエレナさんが、どうしてあんたことを言ったのか。

 その意味を突き止めるためには、彼らに直接聞けば話しは早い。ただ、行動を起こそうとした矢先、早くも問題にぶつかった。


 加倉井ヨウを始め、その一覧に上げられた富豪や資産家達は、すでにこの世にはいなかった。話を聞きたくても、それすら叶わないという事実を突きつけられた。

 残されているのは、彼らと対になる孤児院の子供達だけ。そこで思いついたのが〝駄菓子屋に変装して、油断している隙に記憶を読む〟という、何とも安易な方法だった。そして今、私と周防さんは、美影ユウトがこの通学路を通るのを、虎視眈々と狙っていた。


「本当に、ここを通ってくれるんでしょうか?」

「駄目なら日を改める。それでも駄目なら、次の子供をあたるしかないだろう」


 さらに懐から1枚、折り畳まれた紙を引っ張り出した。それは、ガラス玉に残されていた〈命の記録〉を書き起こしたものだ。


 一覧にあがっているのは15名。つらつらと並んだ名前を眺めて、ふと思い出した。


「そう言えば、あの子の名前がありませんね」

「あの子?」

「ほら、ガラス玉に書き込まれていた3つ目の記憶ですよ。エレナさんが埠頭にいて、隣に立っていた黒髪で碧眼の男の子」

「あぁ。タクトっていう子供か」


 周防さんは屋台に積んだ駄菓子に手をつけた。

 梅の粉末を塗した昆布を口に入れ、すっぱそうに口と目を細めた。


「そっちも今、来栖が調べている最中だ。とりあえず、目の前の仕事をきっちりこなすぞ」


 あごをしゃくって指した通りの先に、下校してくる学生達の一団が見えた。

 私はさっそく、博物館から借りてきた蒸気稼働式の小型自動オルガンを回した。もちろん、これも子供達を引き止める策の一つ。

 弾み、踊るような旋律と、傍には山積みの駄菓子。通りかかった子供達は、次々と足を止めていく。


「おじさん、これちょうだい」

「あのなぁ。誰がおじさんだ。お兄さん・・・・だろ?」

「おじさん、その着物変だよ?」

「だからっ」


 子供達に囲まれて、たじたじになっている周防さんは初めて見た。来栖さんの嫌味は軽くあしらえても、子供の相手は苦手らしい。その姿はなんとも新鮮だった。


「おい、ミズキ。ちょっと代わってくれ」


 子供達の悪気のない無邪気さに手を持て余したのか、私に助けを求めた。ちょっとだけ意地悪したくなって、聞こえないふりをして、視線は明後日の方角へ流した。


「あっ、無視しやがった。ミズキ、聞こえてるだろっ」

「何か言いました? オルガンの音でよく聞こえませんよ?」


 笑いをこらえながらグルグルと、オルガンを回していた、その時。

 四人の学生が目の前を通りかかった。その中に、美影ユウトによく似た子がいて、急いで写真と見比べた。


「間違いない。あの子だわ」

「ミズキ!」


 周防さんも彼に気づいたらしく、目が合うなり「行け」という目配せ。屋台から駄菓子を適当に見繕って、それを手に駆け寄った。



「君達、ちょっと待って」


 声をかけると、4人は立ち止まって振り返った。


「よかったら、これ持って行って」

「えっ、いいの?」


 色白で、ぽっちゃりした小太りの男の子が、嬉しそうに声を弾ませた。


「この辺りに駄菓子のお店を構える予定なの。今日はその宣伝のために、ここに来たのよ。お代はいらないから、お店ができたら顔を見せに来てくれると嬉しいな」

「わぁ、ありがとう!」


 子供達は我先にと、私の手から駄菓子を取っていく。ただ一人、美影ユウトだけが、その様子を白けた目で眺めていた。まるで、そんなものに興味などない、そう言いたそうな顔をしていた。


「はい。あなたもどうぞ」

「僕はいいよ」


 水あめの袋を受け取ろうともせず、彼は迷惑そうに視線をらした。


「お姉さん、ごめんね。こいつ、最近ずっとこんな調子なんだ」

「機嫌悪そうにしてるけど、怒ってるわけじゃないから。気にしなくていいよ」


 坊主頭の子が、ケケッと悪戯っぽく笑い飛ばした。彼はそれを、やはり冷めたような眼差しで見ていた。


「きっと、いっぱいお勉強したから疲れちゃったのかな? だったら、なおさら受け取ってほしいな。甘い物食べると元気になるから。はい、どうぞ」


 彼の手をにぎり、半ば強引に袋を手渡した。触れた瞬間、彼の中に蓄積された記憶が、私の手の平を介してまぶたの裏に広がった。


 ―― 『あなた』


 呼ばれて振り帰った先に、品の良さそうな老女が立っていた。歩み寄り、優しい眼差しを向けて、着物のえりを整えてくれる。窓ガラスにうっすらと映り込んでいるのは、丸眼鏡に白髪の、初老の男だった。


『行ってくるよ』


 そう告げて玄関へ向かう途中、胸に強烈な痛みが走り、呼吸すらままならなくなって、そのまま倒れてしまった。

 見つめているのは常に天井ばかり。夢か現実か、判断できないほどに記憶が途切れ、曖昧あいまいにぼやけていく。その中で「苦しい」「辛い」と、そんな言葉が聞こえてくる。

 病床につく男を見舞いにやってきたのは巽サキョウ。彼に付き添っていたのはエレナさんだった。そのかたわらには、美影ユウトによく似た幼い子がいた。

 そこから意識が遠のき、再び記憶が飛んだ。やがて霧が晴れるように、意識が鮮明になっていくと、視界に幼い子供の小さな手が映り込んだ。


『いかがですか?』


 問われたその言葉に――


『悪くないですね』


 そう答えてゆっくりと顔を動かし、部屋の隅に置かれていた姿見に目をやった。そこに映ったその姿は、あの幼い、美影ユウトに似た男の子だった。


「――お姉さん、離してよ」


 つかんでいた手を振り解かれ、記憶は途切れた。ハッと我に返えると、美影ユウトが訝しげに私を見つめていた。


「僕の顔に、何かついてる?」

「ご、ごめんね、ぼうっとしちゃって。お店が建ったら、遊びに来てね」

「気が向いたらね」


 そう冷やかに答えて、彼は私の横を通り過ぎていった。その瞬間、通り抜けた風が氷のように冷えていたような錯覚さっかくおちいって、ゾクゾクとした感覚が背筋に走った。


「お姉さん、お菓子ありがとう!」

「またねっ」


 手を振って、子供達は無邪気に駆けて行く。

 その背中に手を振り返しながら、もう一方の手で胸を押さえた。ドクンッ、ドクンッと脈打つ鼓動が、どうしても治まらない。驚きと焦りで、吐息が震えていた。


「ミズキ、何が見えた?」

「手を解かれてしまったので、途中までしか見えませんでしたが……どうしましょう。〈命の記録〉の意味、わかったかもしれません」


 私は寒さに震えるみたいな手で、そっと周防さんの手を握った。私から記憶を受け取った周防さんは、ハッと目を見開き、書き起こした〈命の記録〉を思い立ったように開いた。


「そうか。だから〈命の記録〉なのか」

「周防さん、ひょっとしてこの組み合わせ、全部……」

「……ミズキ、確かめに行くぞ」

「行くって、どこへですか?」

「加倉井ヨウに話を聞きに行く」 

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