第3話 新情報
殺人の現場となったビルの工事は一旦中止されている。周りには立ち入り禁止のテープが貼られ中に入ることは出来ない。被害者はビルの関係者ではなかった。ならなぜ工事中の建物になど立ち入ったのだろうか。そしてなぜ殺害されたのか。
「犬に誘われたとか」
「可愛い仔犬ならともかく人ほどの体躯を持った犬に寄ってくかよ」
「デカい犬フェチとか」
「ゆづ子、真面目に考える気があるのか」
「蟻由こそ真面目に考える気になったんだな」
「俺はね赤い犬なんていないと思ってる。根も葉もない噂なんてみんなそうだ。幽霊なんていない。いるなら」
「いるなら?」
「いや、なんでもないよ。これ以上ここにいても仕方ない。帰るか」
「じゃあアイス屋さん寄ってこうよ」
調査は一向に進展しなかった。そもそも得体の知れない話だ。遺体を切り裂いた爪痕、現場に落ちていた動物の毛、松野が見た大きな犬。噂話。整理しようにもどれもがあやふやで繋がらない。
「シンヤ君」
背筋に悪寒が走った。
「なんだよ」
「え? 何?」
「今呼んだろ」
「何、シンちゃん。あたし何も言ってないよ」
「どうかしたのか?」
「今、シンヤ君って」
「俺も鹿原も何も言ってない」
「でも、女の声で」
「大丈夫?」
僕は今一度ビルを見上げた。夕陽の逆光で黒ずんだ建物にはどこか気味の悪さがあってすぐにでも立ち去りたかった。誰が僕を呼んだのか。ただの気のせいなのか。けれど僕には心当たりがあった。僕のことを「シンヤ君」と呼ぶ女性に。その人はもう随分前に死んだ。
翌日になってこの話に進展があった。松野が通う塾の生徒、木戸哲平が赤い犬を見たと言い出したのだ。また西大通りの事件現場付近だった。おかげで校内は赤い犬の話で持ちきりとなる。僕と兼守は木戸に話を聞きに行った。
「やべえ話だが聞くか」
「いいからありのままを話してくれ」
「あそこ塾の帰り道なんだよ。いつも気味悪いなって思って通ってたんだけどその日補習になって遅くなったのね。やだなあって思ってたら聞こえたのよ」
「犬の鳴き声」
「そうそう、アォーーンって。俺も松野から聞いてたからさマジかってなって携帯のライトで辺りを照らしたの。したらデッカい犬の影が見えてさ」
「影?」
「そうだよ。しょんべんちびるかと思ったわ」
「で? その後は?」
「走って逃げたからその後はわかんない」
放課後、俺は兼守を事件現場に行かないかと誘った。
「鹿原は呼ばないでよかったのか」
「あいつあれで結構習い事とか掛け持ちしててさ。今日は確かピアノだっけかなか。他にも茶道とか、バレエとか」
「詳しいな。俺も知り合ってだいぶ経つけどそれは知らなかった」
「ゆづ子とは産まれた病院から一緒だったからな。あいつさ、親に言えない愚痴とかすぐ俺に言う。便利に使われてる感じだよ。そんな話はいいからとりあえず急ごう」
「ああ、けど何でまた。木戸の話を聞いたからか」
「それもある。けど前に行ったとき、俺が聞いた声に覚えがあってさ。でもそんなはずないけど、だけど」
「どういうことだよ。誰の声だっていうんだ」
「菊永さん」
「菊永って、まさか菊永通子か。そんなはずないだろ。だって先輩は」
「半年前に亡くなった。よな」
「確かなのか。幻聴だろ」
「俺もそう思いたい。けど思い出してみると菊永さんの声だとしか思えないんだ。俺の名前を呼ぶ時の感じがそっくりで」
「だから鹿原のいない今日にしたのか」
「あいつには菊永さんの話あんまりしてやりたくないから。頼む、このことゆづ子には黙っててくれないか」
「まあ、いいが。バレたらキレるぞ。俺は知らんからな」
「助かる」
先ずは菊永通子について話そう。僕たちが大好きだった、今はもういない先輩について。
ホラたん 川谷パルテノン @pefnk
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