第2話 調査開始
概要はこうだ。その犬は全身が赤い毛に覆われた大型犬で狼かと見紛うほどだという。赤い毛というのは茶褐色などではなく本当に真っ赤なのだ。それは襲った人の返り血を浴びた為だとか言われていてめちゃくちゃに凶暴らしいとうかがえる。地獄の番犬だとか悪魔の成り代りだとかいろいろな言われ方をしているが、その巨体と不気味な赤毛が異質でこの世のものに当てはまらない。そしてくれない町の西大通りで殺人事件が起きた。工事中のビル内で発見された遺体はまるで獣に襲われたかのように鋭利な爪のようなもので引き裂かれた跡があり、片腕は捥ぎ取られていた。何より現場に散らばった無数の動物の毛。それでこの事件は赤い犬の仕業に違いないなどと噂されるようになったのだ。
「大体返り血なんて浴びてたら赤ってよりドス黒いんじゃないのか」
「その辺は諸説あって、赤い犬は元々飼い主に虐待されて皮膚が腫れ上がったところが赤く見えたとも言われてる」
「人間を襲うなんて怖いね」
「ならやめるか」
「やめないけど」
「……熊とかハイエナって線はないのか」
「いくら地方の田舎町とはいえ山間でもないくれない町に熊が出ることはまずない。ハイエナは論外」
「いや、バケモンはどうなんだよ」
「ともかくだ。俺の知り合いに赤い犬を実際目撃したって奴がいるんだ。そいつに話を聞いてみようか」
「さんせー」
「赤い犬を見たねえ……」
僕たちは兼守の知り合いで赤い犬に実際出会ったという松野倫子という女生徒を訪ねた。松野はおとなしい感じの地味な子で面白半分に嘘をつくようなタイプではないというのが僕の第一印象だった。
「ねえねえ、倫子ちゃんが赤い犬を見たってホント?」
「……兼守君。この人達は」
「俺の友達で鹿原さんと蟻由。松野、俺たちは今赤い犬について調べてるんだ。それで目撃情報は有力だろってことで君に話を聞きにきた。前に話してくれたこともう一度聞かせてくれないか」
「……わたしがあの犬を見たのは去年の話。その時はまだそれが赤い犬だとかは意識してなかったんだけど、塾の帰りに西大通りを歩いてたの。そうしたらどこからか犬の遠吠えが聞こえてきて、あの辺は住宅とかないから飼い犬の鳴き声ってありえないし変だなって思ったの。なんだか気味悪くなって早く帰ろって走り出したら何かの足音、犬が走ってくるような音がして……でも振り返ってみても何もいなくて、わたし怖くなって電話しようとしたの。もうすっかり日が暮れてて辺りは真っ暗だったからスマホの灯りに照らされて周りがちょっとだけ見えたのね。その時、足下に犬の脚が見えて、えって前向いたらおっきな犬がいて、わたし怖くてその場にへたり込んじゃって、来ないでって咄嗟に持ってたスマホを投げつけたの。そしたらそのおっきな犬は走って逃げていっちゃった。それからすぐにあの事件が起きて……わたし、何がなんだか」
「松野さん、つらいとこ申し訳ないんだけどその犬ってどれくらいの大きさだった?」
「はっきりとは言えないけどわたしと目線が同じくらいだったと思う」
「真っ赤だった?」
「それは、よくわからない。怖くて気が動転してたし。でも赤い犬の話を聞いてもしかしてって」
「赤い犬の話って誰から聞いたの?」
「わたしは友達から。桧山昭恵ちゃん」
松野の話を聞いた僕たちは次に桧山昭恵に話を聞くことにした。桧山は松野からその話を聞いてそれが「赤い犬」ではないかと思ったという。その話を学校で話すと他にも何人かが聞いたことがあると知り、次第に校内でこの噂が浸透したみたいだ。桧山にも誰に赤い犬の話を教えてもらったのか聞いてみるがはっきりとは覚えていなかった。
「さてさて、どう思う」
「どうって?」
「松野が本当に見たのか?だろ」
「俺はまだ俄かに信じがたい。そんな馬鹿でかい犬がいるなんて」
「それに赤い犬かもわからない、と」
「でもさ、倫子ちゃん、嘘ついてるようには見えなかった」
「それなんだよなあ。俺たちをからかう意味なんてないし、桧山だって松野を疑うどころか妙な都市伝説引っ張ってくるくらいだから」
「でも桧山の話を聞いて知ってた人間は少なからずいたんだろ? この噂の出どころはもっと以前からあるんじゃないのか?」
僕はこの話を両親に聞いてみることにした。二人は知っていた。だけれど内容はちぐはぐだった。親父は化学実験の失敗で巨大化した犬が逃げ出したなどと言い出せば、お袋は神様の使いで出会うと幸運になれるとか。ともあれ二人ともがまだ若い頃に聞いた話というのは一致していて「赤い犬」は僕らが思っていたより根の深い噂話だったのだ。いったい誰がいつこの話を広めたのだろうか。ともあれ今の「赤い犬」は殺人事件の容疑者にまでなっていて僕はゆづ子の頼みを受けたことを後悔していた。
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