ホラたん
川谷パルテノン
第1話 赤い犬
それはただの噂だった。この学校で「赤い犬」の話がされるようになったのは僕がちょうど高三になった頃からだ。赤い犬は所謂都市伝説だとか怪談みたいなもので、後で知ったことだが僕が暮らすこの「くれない町」ではじつのところ随分昔からある話だった。それが何故今になってまた話題になっているか。それはこの赤い犬を巡って死人が出たからなのだ。
鹿原ゆづ子は「赤い犬を探そうよ」と言った。ゆづ子は僕と保育園来の幼馴染みで、何かとあれば僕を誘った。「御免です」即答した。どういうわけでそんな面倒な話に首を突っ込もうというのか。僕とゆづ子は性格的に水と油だった。
「なんでよ。シンちゃんいっーつもそう。兼守くんはオッケーしてくれたのにぃ」
兼守夏彦とは小学校で友達になった。成績優秀な兼守のことを初めはいけすかない野郎だと思っていたが気づけば男友達で一番つるむのが兼守になっていた。
「じゃあ兼守と探せよ」
「なんかあったらどうすんのよ!」
「なんかあった時の俺はどうしてんだよ! 大体な、ゆづ子はなんでも簡単に考えすぎだよ。嘘かどうかは置いといて死んだ奴がいるようなわけのわからん話に関わるなんてバカだよバカ」
「……」
「なんだよ」
「バカって言った」
「ああ、言ったね」
「アホ」
「!?」
「シンちゃんのアホ! 亜空間に消えちゃえ!」
なんなんだこの女。ゆづ子が走り去った後、僕は再び読みかけの本に目を戻した。しかしながら内容が入ってこない。ゆづ子と話した所為なのは明確だった。僕は本を鞄に仕舞い込むと一限目までまだ一〇分ほどあるのを確認し隣の教室に向かった。案の定、ゆづ子は兼守の席の前に座り不満そうに文句を垂れていた。兼守の前の席の本来の主であろう男子生徒がゆづ子に椅子を奪われたままどうしていいのかわからない様子で困り果てていた。
「何よシンちゃん。シンちゃんには関係ない話だかんね。私たちのケーカクに参加しないでもらえますか」
「蟻由、お前鹿原に何したの」
「事情はあとで話す。妙な言い方はよせ。ゆづ子、授業が始まる。戻るぞ」
「シンちゃんはあたしの保護者じゃないでしょ。今日からあたしこのクラスに編入する」
「あの……僕の席……」
「わけわからんこと言うな! 兼守、お前からも言ってやってくれ。俺らもう十七だぞ」
「蟻由、年齢で人間性を指し図ると視野を狭めるぞ。そういう感覚が可能性を殺すんだ」
「うるさいよお前も。真面目で何が悪い!」
「僕の席……」
「シンちゃんはあたま硬いんだよ。テツアタマ」
「鉄でも鉛でもどうとでも言え。この場は俺が正しい。もう時間がない。さ、戻るぞ!」
「じゃあ、付き合ってよ」
席を取られた男子生徒が驚いたように頬を染めた。違うんだ。
「赤い犬探し、手伝ってよ!」
ゆづ子がそう叫ぶと教室内は一瞬静まり返った。まるで時間が止まってしまったかのようだったがチャイムの音とともにそれは戻った。兼守のクラスの担任が僕たち二人を摘み出した。
「お前のせいだぞ」
「いちいち言わないでよ。もう口聞かない」
くそウゼーと思った。昔からゆづ子の機嫌を損ねると何かと面倒なことになった。ゆづ子はこんな性格だからまあそれなりに色々あったわけだが、その色々のおかげで僕とゆづ子の腐れ縁は続いていた。こうなるといつも僕が折れるのだ。
「ちょっとだけだからな」
待ってましたと彼女は笑う。
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