第三章 別の世界での出会い 第一話

「いらっしゃいませ」

 スラッと言葉が出たことに自分でもあんしながら、胸に本を抱えたまま初めてのお客様を見つめる。

 私より少し年上か同年代くらいの男性が一人。

 キリッとした顔つきで美形という言葉が似合うれいな人だ。

 少しこわそうな、けれど真面目まじめそうな印象も受ける。

 以前本で見た騎士団の制服に身を包んでおり、こしには美しいそうしよくけんを着けていた。

 私の声に反応した彼がこちらを見て、いつしゆん体をこわばらせる。

 どこか気を張ったような瞳だ。

 いつぱくおいて彼の方から声を掛けてくる。

「馬は外の広場に放したがよかっただろうか?」

「はい、とうなん防止の結界も張ってありますしご自由に遊ばせてあげてください。放したくなければ広場のはしにある小屋につないでおく事もできますが」

「ならこのまま放させてもらおう。ブックカフェ、と表にあったが……」

「はい、店内の本はご自由にお読み下さい。店には本への汚れ防止の魔法をかけておりますので、ぎようは悪いかもしれませんが飲食しながら読んでいただいてもかまいませんよ?」

 じようだん交じりでそう言うと、彼の張りめたようなふんが少しくずれてフッと笑みが零れた。

 その視線が店内の本棚、そして私の抱える本へと移り、目が大きく見開かれる。

 次に彼の口から零れた声は少しふるえていた。

「その本は、もう絶版では……」

「はい、私もどうしても読みたくてようやく手に入ったので、今日初めてお店に出したんです。お読みになりますか?」

「ああ、!」

 さっきまでの張り詰めた空気がうそのように、うれしそうに笑う彼。

 私も読みたい本を見つけた時はこんな反応になるので彼の気持ちは理解できる。

「お好きな席へどうぞ、あまりお客さんも来ませんので好きなだけ読んでいってくださいね」

 そう言って手に持った本をわたす。

 嬉しそうに受け取った彼が店内を見回しすみの席へと移動した。

 あの席はだんの前なので暖かく、一番ゆったりと過ごせる席でもある。

 パーティションで区切った席もあるのだが、あちらは少し本棚から遠いのでガッツリ本を読みたい人には向かない席かもしれない。

 そして今気が付いたのだが、個室の表示を出すのを忘れていた。

 今日の営業が終わったら案内の紙を作っておかないと個室がある事すらわからないだろう。

 気が付いた反省点を胸の中に収めつつ、席に着いた彼にメニューを手渡す。

 カフェなので紅茶やコーヒーの種類にもこだわり、食事は軽食中心のメニューにしてみた。

 本を読みながら食べられるように食べやすいメニューも多めにしてある。

 とはいえ結構よるおそくまで開けているので数種類だが重めのメニューも用意した。

 時刻はもう夕方、男性の彼がたのむとすれば夕食までのつなぎで飲み物だけか、早めの夕飯として重めに行くかのどちらかだろうか。

 そんな私の考えとは裏腹に、メニューを見た彼は少しなやんでから軽食のページを指さした。

「紅茶とサンドイッチを頼む」

「かしこまりました、少々お待ちください」

 軽めの夕食か、夕食がおそいから今の内にある程度食べたいのか。

 いや、私が気にする事ではないか。

 初めてのお客様が気になってしまうが、ぐっとこらえてキッチンスペースへと戻る。

 せんさくするのは失礼な事だ。

 料理をするために横で束ねていた髪を後ろで束ねなおして手を洗う。

 店の中からは死角になる場所に作った食品庫へ向かい、ペンダントから材料を取り出した。

 この世界の食べ物は私が生きて来た世界と同じ物もあれば聞いた事の無い物もあるが、それらを組み合わせ食べ比べては試行さくして作り上げたメニューはどれも自信作だ。

 別にペンダントからじかに出しても良いのだが、やはり料理好きとしては自分で作りたい。

 ペンダントから出せる食材の中から自分で選び抜いた材料を出して笑った。

 彼が頼んだのは二種類あるサンドイッチの中でも軽めの方だ。

 もう一つの方ならば具材が肉類だったりフライだったりで満腹になりそうなのだが、こちらは本当にさっと食べられる種類になっている。

 それでも材料にはすべてこだわって作った。

 みずみずしいトマト、レタスと似たこの世界の野菜、そしてカリカリにがしたベーコンをはさんだもの。

 同じように選び抜いた様々な野菜で作ったサラダのサンド。

 メインになるであろうホットサンドにはハムとチーズを挟んだ。

 焼いたパンに包丁を入れれば、ざくりという軽い音と同時にどろりとチーズがあふれ出してくる。

 私も明日あしたのお昼はサンドイッチにしようかな、なんて思いながら完成したそれらをお皿に盛りつけていく。

 材料はめずらしい物も出し放題、時間もたっぷりあって料理も好きだ。

 味見を自分でしかしていないのであくまで自分好みの物だが、美味おいしくできていると思う。

 初めてのお客様、お店も食事も気に入ってもらえると良いのだけれど。

 でき上がったサンドイッチと紅茶のポットを持って彼の席へ向かうと、しんけんな顔で本に集中している様だった。

 自分の読書中の事を考えると声をけるのをちゆうちよしてしまうが、こればかりは仕方ない。

「お待たせしました、紅茶はお代わり自由ですのでセルフになってしまいますがお好きなだけどうぞ。お湯はいくらでもこのポットから出ますので」

「あ、ああ、ありがとう」

 お湯がいくらでも出てくるように魔法をかけたポットは時間がっても温度が下がらない魔法も重ね掛けしてある。

 そのポットと茶葉のびん、カップとサンドイッチをテーブルにせてから、彼にかいちゆう時計を差し出す。

「こちらアラーム機能付きの時計になります。時間制限はありませんので閉店までいていただいてもお店の方はだいじようなのですが、もしも帰る時間などが気になる場合は設定して下さい。ご自身の頭の中でだけ音が鳴り響くようになっておりますので」

「それは助かるな。ありがとう」

「個人でゆるくやっているお店ですので、私も本を読んだり作業をしていたりしますがどうぞお気になさらずお好きなだけいて下さいね。店内の本はすべて読み放題ですので」

 本来ならばお客様がいるのに店員である私が本を読むのはまずい気がするが、自分が逆の立場で考えた時に店員が立っているだけだと気をつかってしまう。

 そもそももうけは必要のないカフェだし、それで来なくなるお客様がいたとしてもあまりげきは無い。

「そうか、ではすまないがえんりよなく読ませてもらおう」

「はい、何かありましたらテーブルにあるベルを鳴らして下さい。ああ、その本のシリーズですがちょうど今日すべて揃ったところですのでその続きもありますよ」

「本当か! ずっと探していたのだがもうあきらめていたんだ。ありがたい」

 心底嬉しそうにそう言った彼に笑いかけながら、ごゆっくりどうぞと声を掛けて下がる。

 必要な事はもう伝えたし、後は彼の読書のじやにならないようにするだけだ。

 サンドイッチを手に取りながら、本の世界にもどろうとする彼に背を向けカウンター内に戻る。

 口に入れたしゆんかんおどろいたような顔をした後、少し笑ってから食べ進め始めたので気に入ってはくれたのだろう。

 バリバリ働くのはあまり好きではないが、こんな風にお客様が来てくれるとやはり嬉しい。

 自分以外が本のページをめくる音を聞きながら自分も手元の本へ目を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に救世主として喚ばれましたが、アラサーには無理なので、ひっそりブックカフェ始めました。 和泉杏花/角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ