お願いと恐喝は紙一重(後編)

「あれー?早亜矢?こんなところでなにしてるんですかー?」


それは、あたしが本日二度目の襲撃を受けていた時のこと。

やたら呑気な調子でそう声をかけられ、あたしを襲ってきたチンピラ集団は声のした方をいっせいに振り返る。

「なんだテメーは!?」

チンピラの一人に問われて、彼はきょとんと小首を傾げると思案げに「うーん」と唸ってから何やら思いついたように、ぽん!と手を打って

「ふっ。あなた達に名乗る名などありません」

「ボス!やばいです!こいつ、あの竜騎士一番隊の由梨総司ゆりそうしです!」

「……。」

カッコつけて言った割にはしまらなかったので、そのままの格好で固まる。

「……知ってるなら聞かないでもらえますか?」

いささか不満そうに口を尖らせる。

「まあでも…――」

チャキ、と腰に提げた刀に手をかける。

それだけで、その場の空気がビリリッと張り詰める。弱い者ならそれだけで息もできなくなりそうな強い、気__

「話が早くていいですね」

その場にいたチンピラ達が「ひっ!」と小さく息を飲む。刹那

「術式・黒!炎舞激昂えんぶげっこう!」


どおおんんん!


あたしの呪文に応じて炸裂した爆発がチンピラ共を轟音と共に吹き飛ばした。

「総司、あんたこんなところで何してんのよ?」

「…うーん。いろいろとおかしい」

あたしが腰に手を当てて嘆息混じりにそう問いかけると、問われた本人――総司は構えたポーズのままポツリと呟く。

総司は、宗介さんの孫。現在の竜騎士団一番隊の隊長である。なんの因果か一緒に行動することも多いのだが…まあ簡単に言うと、腐れ縁みたいなものである。

「酷いじゃないですか!早亜矢!」

ずずいっとあたしに詰め寄ってきた総司は、ぱっちりとした碧眼をウルウルさせながら

「ここは、私がピンチの早亜矢をカッコよく助けて『ありがとう♡総司♡♡大好き♡♡』てなるところじゃないですか!?」

「ならないならない。」

パタパタと手を振って投げやりに言う。

「てゆーか、あんたこそどーしてこんなとこにいるのよ?」

「私ですか?実は新たな必殺技を編み出そうと思って…」

「あ、そ。じゃあ、あたし用事あるからもう行くわね」

「ええええ…!待ってくださいよぉー」

あたしの問いかけに、はぐらかしたりふざけたりする時の総司は絶対に本当のことを言わない。時間の無駄と判断し、あたしはくるりと彼に背を向けて歩き出したが、何故かその後を付けてくる。

「何よ?ゆっくり必殺技でもなんでも編み出してればいいじゃん」

歩は止めずにジト目で一瞥して言うあたしの横に並んで

「こんなところを女の子一人で歩いてたら危ないですよ」

「平気よ。さっきも通ったもん」

「早亜矢はこれからどこ行くんですか?」

問われて、あたしは一瞬考え込む。

「…一緒に来る?」

「えっ…!」

聞いといてあたしはすぐにそれを後悔した。総司の紅潮した頬とキラキラした瞳。背後にはどーゆーわけか無数のお花を散らばして、彼は嬉々とした表情で言った。

「それって…プロポーズですか?」

「どーしてそーなる!?」

何となく予期してた言葉だが、つっこまずにはいられなかった。

総司はやたら乙女ちっくに頬に両手を当てて

「だって!『一緒に来る?』なんて、私と一緒に全て捨てて逃げよう地の果てまで二人きりで。みたいな?そーゆー感じじゃないですか!?」

「全っ然違うし、意味分かんない!」

じたんだを踏んで喚くあたしの手を取って、今度はやたらイケメンボイスで彼はこう続けた。

「早亜矢と一緒ならどこへだってついていきますよ。例え今任務中だったとしても」

「いや、ダメだろ。働け。」

「だぁいじょーぶです!他の隊員も見廻ってますから!隊長がいなくたってどーにかしてくれますよ。私は仲間を信じてますんで」

それっぽいことを言っているが、ただ単にサボりたいだけだろーが。

はあと深いため息をついて、あたしはそれ以上つっこむのをやめた。無駄だし。



総司には、千代さんに頼まれてこの手帳を返しに行く途中であるということを短く説明して、孤児院に向かう。

「こんなところに孤児院があるんですねー。てゆーか千代さんも私に頼んでくれればよかったのにー。子どもなら、私、いろんなツテがあるんですぐに見つけられましたよ」

「あんた…そーやってすぐ仕事以外のことしだすから頼めなかったんじゃないの」

ジト目のあたしの言葉に「なるほど」と手を打って納得する総司。いやそこ納得するとこじゃない。


時刻は夕暮れ。影が長くなるその時間。子どもは早くうちに帰るように言われる時間――辺りの景色が段々とあかからくろへ染まっていくこの時が、実は一番危険で、それは、黄泉の世界と呼ばれる異界の門が最もこの世に近づく瞬間だからだ。

なーんて、小さい頃は大人に脅されていたが、あながちそれも間違いではなかったのかもしれない。


「総司、気づいてる?」

隣を歩く総司の方は見ずにあたしが尋ねる。

「…いますね、近くに」

総司が頷き答えたのと同時に、あたし達は駆け出していた。


その黒い塊が、今まさに子どもたちに襲いかかろうとした、瞬間!


ぎぎぎいいいい……っ!


総司の刃が一閃。おどろおどろしい呻き声をあげて、それの首が宙を舞い、その姿は塵となった。


鬼と呼ばれるその異形の者、黄泉の国の雑兵で、黄昏時から日の出の時まで、この世に現れることがある。人を襲い、その魂を黄泉の国の王に捧げる為だけに存在する魔物――あたしや総司にとっちゃその辺のチンピラと変わらないただの雑魚だが、ひとつ、やっかいなところがある。


「総司!」

「!?」

あたしが叫ぶのと同時に総司の背後から現れたもう一体の鬼が子ども達に襲いかかる!すかさずその首を一突きして消し去る。


そう、この鬼。まさに神出鬼没。主に影や隙間といった暗部なところから出没することが多いのだが、雑兵らしく次から次にと湧いて出てくる時もあるのが唯一のやっかいどころだ。だが


「あたし達の敵じゃないつってんでしょ!

術式・黒!雷神斬歌らいじんざんか!」


ごおおおおんんんん!


総司が子どもたちをひとまとめにしてくれたことを確認して、あたしの放った術が炸裂!今日一番の轟音を響かせ、大地より放たれた轟雷が鬼共をこっぱみじんに蹴散らした。


よしっ!

ガッツポーズを取るあたしに、静かに刀を鞘に収める総司。


「そっ…総一郎さん…!?」

後ろから驚愕の声が聞こえて振り返れば、騒ぎを聞き付け駆けつけてきたのだろう、息を切らせた守山時さんがその丸メガネの中から目を大きく見開き、こちらを――正確には、その先の総司の姿を見ていた。

襲われていた子ども達が、「先生ー!」「怖かったよー!」と泣き叫びながら守山時さんの元へと駆け寄るので、はっとしてすぐに子ども達を安心させようとその身を案じ、抱き寄せ、各々に声をかける。その中には千鶴の姿もあった。

「みんな、すまなかった、怪我はなかったか、本当に、本当によかった…!」

子ども達が全員無事であることを確認してから、守山時さんはあたしの方を見上げる。

「早亜矢さん、あなたでしたか…!?子ども達を助けてくださって、本当にありがとうございます…!」

「あたしだけじゃないんだけどね」

にやりと、笑いかけてそう言うと、守山時さんは再びはっとして、そちらに目を見張る。

「…まさか…いや、そんな…総一郎さん…⁉︎」

「__…の息子の総司です」

「あっ…!」

仰天して次の言葉を失う守山時さん。しかし、何か込み上げるものがあったのだろうかその眼に大粒の涙を溜めて総司を見上げながら

「ああ__総司くん、あの小さかった総司くんかっ…大きく…立派になって…」

「ご無沙汰してます、泰史たいし兄さん」

穏やかに微笑んで、守山時さんのことをそう呼ぶ総司に、堪えきれなくなって嗚咽をこぼす。傍の子どもたちがそんな先生の姿に心配そうに寄り添う。

「覚えていてくれたんだねっ…ありがとうっ…ありがとうっ…」

「まさかこんなところでお会いできると思ってもいませんでした。ご健在で何よりです」

「…恥ずかしながら生きながらえてしまってね…君にも、ご家族にも、本来は会わす顔もない人間なのに…」

「そんなこと誰も気にしてませんよ。祖父や千代さんも元気にしているのでぜひまた会いにきてください」

眼を伏せてつぶやくように言う守山時さんに、あっさりとした調子で返す総司。「すごいですねー。今は孤児院を開設されてたんですね。父や母もよく戦争孤児の面倒を見たいとか言っていましたけど、実現されたのは泰史兄さんだけですね!」

言いながら泣いてる子どもを抱き上げると、嫌がられて引っ掛かれてしまう総司。

面を食らったかのようにポカンとしている守山時さんに、総司は引っ掻かれた顔をさすりながら

「誰にでもできることじゃないんです。父にも私にもできなかったことを__こうして形にしてくれて、父と母の夢を叶えてくれて、こちらこそ、ありがとうございます」

破顔して礼を述べる総司に、ボロボロと涙をこぼす守山時さん。


「千鶴」

総司と守山時さんが話混んでいる間に、あたしはその後ろに佇んでいた千鶴に声をかけていた。あたしは懐から取り出した手帳を彼女に見せて

「これ、あなたので間違いない?」

「あ!」

口元を覆って目を丸くする千鶴。彼女は赤面しながら

「わっ、私の、無くしてた手帳ですっ…!」

恥ずかしそうに俯く千鶴に、あたしは「はい」と言って手帳を手渡す。

「大事なものなんでしょ、もう無くさないようにね」

「あ、ありがとうございます…早亜矢さんが拾ってくださったんですか?」

「ううん。千代さんが…総司の家の女中さんがね、拾ってくれたのよ。中の写真にあなた達の先生が写っていたもんだから、あなたのことを探してほしいってあたしに頼んだのもその人よ。だからまぁ__養子云々の話ではなかったんだけどね」

そこまで言ってあたしは声を潜めて千鶴に問いかける

「てゆーか、なんでこの写真、あなたが持ち歩いてたの?」

「そ!それは…!」

ぼっと顔が真っ赤になる千鶴。これは、まさか、やっぱり、まさか、そーゆーことか。そーゆーことなのか⁉︎いや、でも、流石に年が離れすぎてるだろう。守山時さんと千鶴とじゃ、どー考えても父と子ぐらい歳は離れているだろうし…

しかし、あたしの心配は次の千鶴の一言で、いともあっさりと吹き飛んだ。

「か、かっこよかったから…そのっ…先生…と一緒に写っている人が…」

「…は?」

思いもよらない一言にあたしは思わず間の抜けた声をあげていた。

見れば、千鶴は完全に夢見る少女よろしくにその黒い瞳をハートにさせて、その視線を__外見詐欺師・総司に向けていた。そして、彼女は誰にともなくこう独りごちたのだ。

「王子様って…本当にいるんですね…♡」

「…。」


えええ…えええええええ…!


思わず内心で絶叫するそんな私の心境は知らず、千鶴は恋する乙女の表情で総司を、見つめていた。


この千鶴が由梨家を支える頼もしい一員となるのだが、その話はまたいずれ。

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