お願いと恐喝は紙一重(中編)

そこは、羅生街らじょうがいからも少し離れた郊外。自然豊かな場所にひっそりと佇む古びた民家だった。垣根の上からこっそりと覗き込めば年代も性別もばらばらの子どもたちが思い思いに遊んでいる、なんとも穏やかな光景だった。

「何か御用ですか?」

穏やかな調子でそう声をかけられ、振り返ると、そこには歳の頃は四十代から五十代ぐらい、作務衣姿の長身細身で丸メガネがよく似合った中年男性がいた。赤子を背負い、傍らには小さい子どもたちが付き添っていて、「だれー?」「お客さん?」と口にしながら不思議そうにこちらを見ていた。

「あ、すみません!あたし、怪しい者ではなくてですね、えっと、ここに人を探しに来ていて……」

なんとも気まずい感じになってしまって、あたしはあたふたと言いながら懐から写真を取り出す。

「この娘、千鶴っていう名前のみたいなんですけど知りませんか?」

「千鶴に…?」

作務衣の男性に写真を渡して顔を確認してもらう。傍らの子どもたちが「見せてー」「千鶴ねえねいるよー」「千鶴ねえどーしたのー?」などなど……どうやら探し人はここにいることは確からしい。


「実は、とある人に頼まれていて…」

「…もしかして、養子縁組のお話ですか?」

「え!?」

思いがけない言葉にあたしはひしゃげた声をあげた。作務衣はそんなあたしの様子を見て少々がっかりしたかのように肩を落とすが、すぐに申し訳なさそうに頭を掻いて

「あ、違いましたか。すみません」

「あ、え、いや、あたしも探してほしいて頼まれただけで事情は知らないんですけど……」

まさか千代さん、この千鶴という娘を養子にでもするつもりなのだろうか…。ありえない話でもないが、なんというか意外だった。

千代さんは、私のお世話になっている居候先・由梨ゆり家の女中さん。現在の当主・宗介そうすけさんの幼なじみで、そこそこご高齢ではある。昔はたくさんいたらしい女中も今は千代さんただ一人。一人で由梨家の家事一切を取り仕切っている。まあ体力的にも先を見据えると後継がいた方がいいと考えているのだろうか。

とはいえ、 当主である宗介さんがなんというか…。これはあくまであたしの個人的な見解なのだが、宗介さんは千代さん以外の女中を受け付けない気がする。それは長年千代さん一人に家を任せてきた宗介さんの、千代さんに対する二人にしかない信頼というか…そういうので成り立っている気がするからだ。

まあ、だからといってこの先ずっと千代さん一人で家事を取り仕切っていくのはいささか無理があるのも事実だ。

だけどなー。宗介さんがなー。なんていったって世界中の頑固を集めて作ったような頑固の化身だからなー。千代さんが例え後継をと考えていたとしても「まだ早い」「必要ない」とか言いそうなんだよなー。そうなってくると千代さんも徹底対抗だからヘタするとストライキなんてことも…だとすると、あたしにもとばっちりがくる可能性大である。

むむむ…それだけはなんとか…てゆーか、千代さんにストライキなんてされたらあたしのごはん問題が……。

思案げに唸るあたしを不思議そうに眺めるのは作務衣と一緒にいる子ども達。思わずハッとして我に返る。

「あ、えっと、えーっと……」

次の言葉に困っていると、作務衣はふっ穏やかに微笑んで

「よかったら千鶴に会っていきますか?」



実際の千鶴という少女。写真のように暗いイメージはなく穏やかな、そう、歳の割には落ち着いている、そんな雰囲気の少女だった。赤毛をおさげに結ったその少女は初対面のあたしにも臆することなるハキハキとした調子で自己紹介をしてくれた。ちなみに、さきほどの作務衣は、この千鶴たちが住まう孤児院兼寺小屋のたった一人の責任者・守山時泰吏もりやまじたいし。子どもたちからは「先生」と呼ばれているようだが、元は帝国軍の軍人だったそうだ。

あたしは、守山時さんの立ち会いの元で千鶴にあなたを探している人物がいるということ、養子縁組については分からないが、もしならあたしと一緒に会いにきてもらえないかということを伝えた。もちろん、無理強いはしないし帰りたい時にはすぐに帰れるようにあたしが責任を持って付き添うことも伝えた。

しかし、千鶴は困惑気味に守山時さんに視線を向ける。守山時さんはというと変わらぬ穏やかな表情で「千鶴がいいなら会うだけ会ってくればいい」と言ってくれたが、当の千鶴はというと


「すみません、やっぱりお断りします。孤児院ここの小さい子供たちの面倒も見なきゃだし、色々とお手伝いもあるんで……」

申し訳なさそうにそう言う。守山時さんは「一日ぐらい大丈夫だよ」と言うが、千鶴はふるふると首を横に振った。

「分かったわ。それじゃあ、あなたがここにいるということだけ、その依頼主に伝えてもいい?それで、もしその依頼主があなたに会いたいって言った時はここに連れてきてもいいかしら?」

元より無理強いはするつもりはなかったし、千代さんも絶対に連れてきてほしいというわけではなく所在を知りたいといった様子だったから、あたしは条件を出してその日は引き下がることにした。

帰り際に、守山時さんは私を引き止めてこんな話をした。

「今日はすみません。せっかくいらしてくださったのに。千鶴は…本当に気立てが良く何事も飲み込みが早い娘なんです。生まれについては分かりませんが、十数年前の帝で起きた戦で戦争孤児となった子です。本来ならもう十歳になる年で、女学校で上の学習を受けさせてあげたいのですが、ここにいてはどうにも…もし、早亜矢さんの依頼主の方が、どこで見込んでいただけたか存じませんが、千鶴を養子にお考えならば、ぜひ一度本人に会いにきていただきたい。そう__お伝え願えますか?」

穏やかな口調だが是非にという強い意志を感じる様子でそう打ち上げる。

「随分、熱心なんですね」

「孤児院では最低限の生活しか保障してあげられませんから」

あたしの言葉に苦笑いしながら

「幸せになってほしいんです、どの子にも。先の大戦で僕もひどく傷つきましたが、彼らがいてくれて、こんな僕を慕ってくれて…僕の生きる希望なんです。できる限りのことを最大限してあげたいんです。まあ、そんな大それたことを言ったって現実はなかなか厳しいものなんですけどね…」

恥ずかしそうに語るその姿は温かなもので、ふと、あたしが女学校時代にお世話になった師匠の姿と重なった。

「分かりました。伝えますね」

答えてあたしはその場を後にした。



帝都城下町。その中でも一等地と呼ばれる場所にある由梨家のお屋敷。

由梨家は代々、竜騎士の隊長クラスを担ってきたいわば名門のお家柄。竜騎士とはまぁ平たく言うと軍の特殊部隊だ。現当主である由梨宗介さんもひと昔前の竜騎士団の大隊長を務めた人物である。陸空海軍を含め全ての軍の頂点に立つ、それほどの人物である。__というと聞こえはいいが、先ほども述べた通り今ではただの頑固じーさんである。そして、その宗介さんに長年支えているのが千代さん。出会った最初の頃はあたしも宗介さんと千代さんは夫婦かと思っていたぐらいだったが、実際は幼馴染でその付き合いは長いとはいえ、当主と使用人という上下関係で成り立っているみたいだ。まぁ、実際はどちらが上か?と思わせる場面も多々あるのだが…。


「ただいまー!千代さーん!」

ガラガラと勢いよく玄関の引き戸を開け放って叫ぶ。

「なんだ早亜矢どの。帰ってくるなり騒々しい」

奥から小言を口にしながら出てきたのは、家紋の入った着物をきちっと着こなした眼光鋭い老人、頑固じじいの宗介さん。

「宗介さん、千代さんは?」

あたしが問うと、宗介さんは眉間の皺をさらに深くして文句ありげに口を尖らせた。

「早亜矢どの、お主も良い年なのだからなんでもかんでも千代を頼るのではなく、自分のことは自分でだな、そもそも、次期に由梨家の嫁という立場になることを考えて日々節度ある行動を…」

「あー!あー!千代さん!見つけた!おーい!千代さーん!」

毎度お決まりの長いお説教が始まりそうだったので、あたしは視界の端にちらっと見つけた千代さんを追いかけてその場から立ち去った。「こら!」と宗介さんの呼び止める声が聞こえたが、いつものことなのであたしもいつも通り聞こえないふりをすることにした。


「千代さん!」

呼び止める。白髪をきちっと後ろで結った優しい面持ちの老女。すらっとした細身でいつもテキパキと動いているものだから実際の年齢よりも随分と若く見える。彼女が千代さんだ。千代さんは、あたしの顔を見るなり抱えていた洗濯物を渡して

「おかえり、早亜矢さん」

「…何これ?」

「総司坊っちゃまのお部屋の洗濯物です。畳んで戻しておいてちょうだい」

「なんであたしが…」

「それより何か御用でしたか?」

あたしが文句を口にするのを遮ってそう問いかけてきたので、受けていた依頼の事の次第を話した。

千鶴という少女は、羅生街のはずれの孤児院にいたということと、その孤児院の責任者と名乗る守山時泰史さんから養子の話を、と伝えたところで千代さんは意外な反応を示した。

「守山時?本当に守山時と言ってたのかい?」

千鶴が孤児院にいたことや養子云々よりも、千代さんが目を丸くして問い返してきたのは、そこだった。

「え?う、うん。背の高い丸眼鏡をかけたおじさんだったよ」

きょとんとしてあたしが言うと、千代さんは懐から一冊の手帳を取り出した。

「…そうかい、やっぱりそうだったんだね」

手帳を手にそう呟く。あたしが「それは?」と聞き返せば、千代さんは手帳の後ろを開いて見せてくれた。そこには一枚の古びれた写真が挟まっていて、そこに写っていたのは

「え?これって守山時さん、と…総司?」

「似ていらっしゃるけど、違いますよ。総司坊ちゃんのお父君の総一郎様です」

「え⁉︎えー…へぇぇぇ〜」

言われて思わずまじまじと写真を見れば、確かに総司よりかは少し年を食ってるような気もするし、髪型とか、目つきとか、ところどころ違う気もするが、言われなければ、気づかないぐらいだ。

「千鶴って娘がねこの手帳を落として行って、警察に届けようと思ったんだけど、ふと中を見たらこの写真が出てきてね」

千代さんも写真を懐かしそうに眺めながら、語り始めた。

「一緒に写ってるのは、あなたも会ったでしょう、守山時泰史__当時の竜騎士団一番隊の隊員で、総一郎様を隊長として兄とも慕っていたのよ。この由梨家にもよく出入りしていて旦那様の門下生の一人でもあったからよく覚えているわ。優しい青年でね…でも、先の帝都で起きた大戦で…」

「あ、言ってたかも。大戦で負傷したって。それで軍をやめたって」

「…そう言ってたのかい?」

「え?違うの?」

あたしの言葉に寂しげに微笑する千代さん。思わず聞き返してしまう。

「そうだね…あながち間違いではないんだけどね、あの戦いでは誰もが傷ついたからね。守山時くんも優しい人だったから…」

一拍置いて、続ける。

「大戦で、総一郎様が銃で撃たれて亡くなった時に隣にいたのが守山時くんなの。もちろん、戦争だから人が亡くなるなんて当然のことだったんだけど、守山時くんは隊長を、総一郎様を護れなかったことに責任を感じてね、それ以上に兄とも慕っていた人物をみすみす目の前で殺されてしまったことが辛かったみたいで、初めはこの屋敷に来て旦那様はじめ総一郎様の奥様に、自分が死んで詫びると言いにきたこともあったのよ。旦那様が叱咤してそれを止めたけど、その後は竜騎士を辞めて消息不明になっていたの。よかった、生きていて…本当によかった」

当時のことを思い出したのだろうか、涙声で語る千代さん。ふっと目元を手で拭って

「この手帳を落としていった千鶴って娘がもしかしたら、守山時くんと何かつながりがあるような気がしてね、あなたに探してもらうようお願いしたのよ」

パタリと写真と共に手帳を閉じる。そして、あたしの抱えている洗濯物の上にその手帳を置いて

「『元気にしているようで安心しました』と千代が言っていたと守山時くんに伝えてもらえる?それとその手帳も返しておいてちょうだいな、依頼料はそこまでやってからね」

「えー…じゃあ、すぐ行ってくるから洗濯物…」

「それはお手伝いね」

口を尖らせるあたしにピシャリと言い放つ千代さん。

まぁ、養子云々の話ではなかったのかと、諸々心配していたことが的外れだったことに内心肩を落としたが、千代さんが嬉しそうにしていたのでこれはこれでよかったか。

洗濯物はちゃっちゃと片付けて、手帳をしまい、あたしはもう一度、羅生街に、その先に、静かに佇む孤児院に向かって歩を進めていった。




長いのでもう一話続く。

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