管理人さんは元・魔王?

葉山 登木

第1話 管理人さんは元・魔王?


 オレの名前は来栖夏夏くるすかなつ

 高校を卒業し、今年から晴れて大学生となった。


 ……と言っても、実家はばあちゃん一人だし、年金生活のばあちゃんに仕送りなんてさせられない! 

 てな訳で、入学してから毎日大学とバイト先の往復に忙しい日々を送っている。


 バイト先は昼間は食堂、夕方から居酒屋になる飲食店。何と言っても学生には有り難い賄い付きだ!

 店長の作る唐揚げなんて、毎日食べても飽きないくらい最高に美味い……!

 先週なんて三日連続でお願いしたら、違うのにしとけとお叱りを食らってしまった。まぁ、さすがに普段は人使いの荒い店長も、体の事を心配してくれたんだろう。代わりに作ってくれた出し巻き卵。最っっっ高に美味かったぁ~~~!

 あ、今日は昼だけだし、帰ったら洗濯しよっと。

 この時のオレは、今日の賄いは何にしよっかなぁ~? なんて能天気に考えていた。



 

「えっ!? キクさん辞めちゃうの!?」


 バイトを終えアパートに帰ると、管理人のキクさん(年齢は秘密♡)がアパートの前で待っていた。

 お世辞にも綺麗とは言えないボロアパート。風呂無しだけど家賃が格安。何のいわくも無いし、貧乏学生のオレにはうってつけ。


「息子夫婦がねぇ、一緒に暮らそうって言ってくれてるの」

「その方が息子さんも安心だもんね。遠いの?」

「えぇ、ポルトガルなの」

「へ?」

「海外なんて行った事ないから、ドキドキしちゃうわぁ~」


 海外に行くってことは、もしかして……。


「あ、あの、このアパートは……?」


 管理人辞めるって、アパートも無くなるって事……?

 そんな不安が顔に出ていたのか、後任は決まってると笑うキクさんに一先ずホッと胸を撫で下ろす。

 どんな人だろ? 今んとこオレと、社畜っぽいお兄さん、たまに見るお姉さんしか住んでないんだよね。

 実は今日来てるのよ! なんてキクさんは管理人室へとオレを引き摺って行く。

 扉を開けるとそこには、二メートルを超すであろうレスラーの様な赤髪の男性が、正座してお茶を啜っていた。


「新しい管理人のルーファスくんよ! カナツくん、色々教えてあげてね!」

「カナツと言うのか。よろしく頼む」

「は、はい……」


 お茶を啜る新しい管理人に、これで安心だわと喜ぶキクさん……。

 笑顔で返事をしてしまう、これが接客業の悲しいさがよ……。


 しかもこの人、頭に何か生えてるんですけどぉ──!?






*****


「はぁ……。なんでこんな事に……」


 近所にあるこれまた古……、歴史ある銭湯に行き大きな湯船にどっぷり浸かる。

 客は近所のじいちゃんと、建設現場帰りのおっちゃん。バンドしてそうなお兄さんのいつもの常連三人だけ。


「カナツ! 見ろ! 大きな山だ!」


 ……ではなく、今日は新しい管理人さんもなぜか一緒に入浴中だ。


「有名な富士山だよ~……。それより人の目の前で、ブラブラさせないでくださ~い……」

「おぉ! すまない」


 初めての銭湯に興奮しているのか、オレの目の前で堂々たる仁王立ちを披露してくれた。


「……ルーファスさん、いつもはどこで寝てるんですか?」


 オレは今日初めて会ったけど、あのアパートにはいなかったよなぁ? 銭湯も初めてみたいだし……。


「私はキクの家の、居候……? というヤツだ。ちゃんと手伝いもしているぞ」


 そう言うと腕を組み、まるで褒めろ! とばかりにふんぞり返っている。ちょっと犬っぽい。


「へぇ~。キクさんの家に来る前は、どこにいたんですか?」

「……それは」

「あ、もしかして訊いちゃマズかったですか?」


 やっぱなぁ……。頭に生えてるし……。

 コスプレかと思ったけど、なんかずっと付いてるしなぁ……。



「……魔界で、魔王をしていた……」



「……マカイ」


「そう。魔界だ……」


 先程の仁王立ちとは打って変わり、神妙な面持ちでヘンな事を言い始めるルーファスさん。

 ほら、おっちゃん達もこっち見てるし……!

 やっぱ、変な人なのかもしれない。


「カナツはどう思う……?」

「どうって?」

「死にぞこないの私が、こうして別の世界でのうのうと生きている事を……」


 いきなり重めの話だな! 別の世界……。そういう設定なのかな?

 まぁ、先輩にもそういうの好きな人いるし……。


「別にいいんじゃないですか? こうして現に、オレとこうやって風呂に浸かってのんびりしてるわけだし。生きろって事ですよ」


 ねぇ? とこちらをチラチラ見ていたおっちゃん達に話を振る。

 じいちゃんは聞こえてなかったみたいだけど、おっちゃんとお兄さんは生きてりゃいい事もあるよと慰めの言葉を掛けていた。


「……グス、ここの人間は、いい奴ばかりだな……」


 鼻を啜るルーファスさんに、若干の違和感を覚えつつ、風呂上りはやっぱりコレでしょう! という事で!



「こうです! こう!」

「こ、こうか?」

「そうそう! そんで、腰に手を当ててグイッと飲むんです!」


 そう言ってオレは、風呂上がりの一杯の美味しさを伝えるべく、ルーファスさんに指南中。

 お手本に大好きなコーヒー牛乳をゴクゴクと飲み込んでいく。


「っはぁ~! 最高!」


 火照った体に冷えた一杯! この甘さが体に沁みる!


「さ、ルーファスさんも!」


 戸惑いつつも、腰に手を当て右手に持ったフルーツ牛乳をゴックゴックと音を鳴らしながら飲み干していくルーファスさん。

 あまりに気持ちいい飲みっぷりに、番頭さんも見物中だ。


「ッハァ~! 美味い!」


 大きな声で叫んだせいか、向かいの女湯の方からおばちゃん達の元気だねぇ~と言う笑い声が聞こえてきた。


「店主よ! これは実に美味いな!」

「そうかい、そうかい。お兄ちゃん元気だなぁ~! もう一本飲むかい?」

「いいのか!」

「はいはい、ダメですよ~! お腹ぽんぽん冷えるから帰りますからね~!」

「む。そうか……。残念だ……」

「次の時に一本サービスしてやるよ。カナっちゃんもな!」

「ラッキー! ありがとうございます!」




 暖簾を潜り、すっかり冷えた夜道を二人で歩く。

 アパートまでは徒歩で三分。だけど髪がどんどん冷えていくのが分かる。


「カナツ、今日はありがとう」


 もうすぐアパートに着くという時、ルーファスさんが立ち止まる。


「え? いいえ、どういたしまして……、かな?」


 オレはただ銭湯の入り方を教えただけなんだけど。


「管理人とやらが勤まるかは分からないが、精一杯、期待に応えようと思う」

「そんなに気合入れなくても良いと思いますけど~……。まぁ、分かんない事があったら、オレもなるべく教えますんで……」


 なんせ、あのアパートが無くなったら困るのはオレだし。


「これから、よろしく頼む」

「はは! こちらこそ!」


 そう言って、ルーファスさんはオレに手を差し出した。

 握手かと思い手を差し出すと、


「危ない!」


 突然、オレたちの前に車が突っ込んできた。

 轢かれる! そう思い、咄嗟に両腕で顔を隠す。


 ……だけど、車のエンジン音は耳元で煩いほど聞こえているのに、来ると思った衝撃がやって来ない。

 恐る恐る目を開けると、そこには……。



「いきなり突っ込んでくるとは……。厄介な乗り物だ……!」



 そう言って、片手で車を持ち上げるルーファスさんの姿が……。

 近所の人も騒ぎを聞き付けて家から出て集まってくる。


「ふむ。カナツ、怪我はないか?」

「は、はい……!」

「そうか! よし、帰ろう!」


 車を下ろし、運転手に気を付ける様にとしっかり注意しスタスタとアパートへ戻って行くルーファスさん。

 そんな彼を見て、運転手も近所の人も唖然としている。



「カナツ! そんな所にいるとポンポンが冷えるぞ!」



 その言葉に周りがシ~ンと静まり返る。


「ぽんぽん……」

「あの人、ぽんぽんって言った……?」

「かわいい……」


 あぁ~……! 冗談で言ったのに……!

 近所の人たちが、あれは誰なのかオレに聞きたくてウズウズしているのが伝わってくる。

 慌ててルーファスさんに駆け寄り、ここでご近所さんに挨拶すればと提案。

 明日、オレに訊きに来るのが目に見えてるからな……!


「そうか、それもそうだな……」


 ルーファスさんは一考すると、野次馬の様に集まっていたご近所のお姉様方の前に……。


「お嬢さん方、私の名前はルーファスだ。このアパートの管理人をする事になった! よろしく頼む!」


 二メートルを超すであろう赤髪の男性に見下ろされ、皆怯えているだろうとそっと振り返ると、


「近くで見ると、とっても素敵な髪色ね!」

「がっしりしてるなぁ~! 何かやってたのかい?」

「分からない事があったら、私達にいつでも言って!」


 怯えるどころか、おっちゃん達にまでチヤホヤされている……。


「うむ! よろしく頼む!」


 満面の笑みを浮かべ、ご近所さん達への第一印象は上々の様子……。


 ハァ~、明日から大丈夫かなぁ~……?

 何も問題なければいいんだけど……。


 そんなオレの不安を余所に、ルーファスさんは満面の笑みを浮かべおば……、お姉様方にお裾分けを貰っていた。







◇◆◇◆◇

他の投稿サイトで短編で打ち込んだ作品です。

不定期で更新予定です。

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