第14話 非戦闘員


「……来たか?」

 早朝だろうか? 外がうっすらと明るい。

 僕は持ち主一人でテントで寝ていると、仕掛けていた頭上の重りが落下した。

 森からそう遠く無いこの地には度々迷いモンスターが現れる。

 今まで殆んどは周囲の罠に引っ掛かるか、モンスター避けの匂い袋によって敷地にまでは来なかった。

 

 しかし、絶対はあり得ない……ここはそういう土地なのだから。

 

 最終防衛ラインに仕掛けていた細い糸が何者かに切られた為、僕はテントから飛び出ると、目の前にはジェシカが……。


 ジェシカは僕よりも早くテントから出て辺りを見回している。

 寝心地の良さそうな薄いシルクのワンピース姿、日の光に照らされうっすらと身体の線が見える。

 その美しい姿に思わず見とれそうになるが、今はそれどころでは無い。

 

 僕に気が付いたジェシカは目線を変えずに言った。


「力が……」


「力?」


「……あの辺から……何か感じる」

 いつもと全く違う様子のジェシカ、何を言っているのか、全くわからなかったが、ジェシカが指差す方向を注意深く観察していると……。


「ぐるるるるる」

 雑木林の中からモンスターの鳴き声が聞こえた。


「この鳴き声……【ブレードタイガー】か!?」

 僕の持っている経験と知識から、モンスターの種類を導き出す。


「ブレード?」


「うん……ヤバい逃げないと……」


「逃げる? なに言ってんの? モンスターならやっつけなさい!」


「で、でも僕は非戦闘員だから」


「まだそんな事言ってるの? あんたはここの長、責任者になるんでしょ? 長はいつか来る村人を護る義務があるのよ!」


「で、でも……僕は戦い方を知らない……」


「今までパーティーで何を見てきたの? 何を学んで来たの?」


「で、でも」

 僕はバックアップしか出来ない……安全地帯で手助けする事しか……。


「ふん! じゃあ私が殺ってやるわ、そこで見てなさい!」

 ジェシカはそう言うと、テントの中からケースを取り出す。

 そしてそのケースを開けると中から中型の剣を取り出し、モンスターに向けて構えた。

 いや、ちょっと待っていつの間にそんなもんをって……そもそも誰に使う予定だった?

 テントの中に侵入してきた者を叩き切るつもり? 良かった侵入しなくて。

 


 って、今はそんな事考えている場合ではない。

 草影からこちらをうかがっている【ブレードタイガー】と思われるモンスター。


 【ブレードタイガー】は、褐色の毛を纏う獣の類い、人よりも若干小さめの大きさ、刃の様な鋭い爪と牙を持ち高い跳躍力が持ち味、正面からの攻撃に滅法強い。

 嘗ては人に飼われていたが、捨てられ魔物の森で凶暴化したと言われている。


 通常ならばパーティーの盾役が囮になり正面からの攻撃を盾や防御魔法で受け止める。

 そこを横から攻撃して仕留めるのがセオリー。


 でも今盾役どころか盾さえもない、僕達は逃げる以外に手はない。

 ただモンスターは通常森から出て来た場合、無闇に攻撃はしてこない。

 こういった場合餌が目当てなので、僕達が逃げれば勝手にテントを漁るだけで済む。


「逃げよう、今なら間に合う」


「ふん! 弱虫、あんたあれだけの魔法が使えるのに!」


「ああああ、危ない!」


「きゃああ!」

 ジェシカがこっちを見ている瞬間を狙って【ブレードタイガー】は草影から飛び付いて来る。

 僕はジェシカを押し倒し、【ブレードタイガー】の一撃を交わした。


「ちょっ! ど、どこ触ってるのよ! く、来るわ、退きなさい!」


「待って待って、わかった、わかったから」

 僕の下で暴れまわるジェシカ、危ない、刃物が僕の目の前に!

 【ブレードタイガー】よりもジェシカの方が怖い……そう思いながら僕は立ち上がる。


「ガルルルルルルル」

 10歩程の間合いを取り、今にも飛び付きそうな態勢で牙を剥き僕を睨みつける【ブレードタイガー】……あれ? なんか……。

 

 体格は人ほどある筈なんだけど、なんか……小さい。


「子供?」


 近くに親がいるのかと辺りを見回すが、気配は感じない……はぐれたのか?

 とはいえ、相手はモンスターだ。子供でも十分に危険だ。


 【ブレードタイガー】の瞬発力は半端ではない、通常、僕程度の運動能力では簡単に避けられる筈が無い。


 子供だから? と僕は【ブレードタイガー】を観察する。


「は、早く倒しなさい、これ使って!」

 持っていた中型の両刃の剣を僕に渡そうとするジェシカを手で制止する。


「待って……あいつ……怪我している」


「え? チャンスじゃない! 早く!」


「いや……それじゃ可哀想だ」


「は? あんた何言ってるの?」


「とりあえず、動きが悪いなら……」

 僕はこっちを睨みつけている【ブレードタイガー】の子供に向けて魔法を発動した。

 通常狭い範囲の魔法なら簡単に避けられる。モンスターはそうそう甘くはない。野生の勘とでも言うのだろうか? 僕程度の魔法では捕らえる事は不可能。

 でもこいつは、子供、しかも後ろ足を怪我している。


「ギャオウゥ」

 僕の重力魔法の範囲に呆気なく入ると、【ブレードタイガー】はふわりと宙に浮いた。

 0重力下では空中に制止し何かしら、例えば魔法を放つ等、反動をつけないと移動は一切出来ない。

 何の魔法も持たない【ブレードタイガー】は空中で僕に向かって飛び付こうともがく。しかし足場がなければ飛び付く事は出来ない……。僕は慎重に近付いた。


「早く止めを刺しなさい」

 ジェシカの言葉を無視して僕はポケットから薬を取り出した。

 モンスターにも効くのかな? そう思いながら、もがいている【ブレードタイガー】の

後ろ足にポーションを振り掛けた。


「な、何してるの! バカなの?」

 そう……僕は馬鹿なんだ……非情になれない……子供だろうが怪我をしていようが、殺せなければ戦闘員にはなれない。

 殺らなければ殺られる……それが戦闘員の宿命。

 でも僕はポーターなんだ……戦闘員ではないんだ。


 重力魔法で岩を運ぶ様に【ブレードタイガー】を空中移動させ、さっき飛び付いて来た場所に持って行き、そのままゆっくりと地上に下ろした。


「ぐるるるるるるるる」

 下ろした途端翻り草影から再度威嚇する声が……。


「……森へお帰り……」

 僕は戦闘姿勢を取らずに【ブレードタイガー】に向かってそう言った。

 これで飛び付かれたら……終わりかも知れない……でも僕は一切の敵意を見せず

に【ブレードタイガー】に対面する。


「ぐるるる……」

 すると、【ブレードタイガー】の威嚇音が止まる……そしてしばらくこっちの様子を見た後ガサガサと草をかき分ける音を鳴らしながら雑木林の中に消えて行った。



 

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