第139話

 扉が開く。

 オスカーも何度か通り抜けたことのある巨大な研究設備のある開けた空間。デウス・エクス・マキナはそこに鎮座している。

 

「オスカー!?」

 

 驚いた様子でトムが駆け寄ってくる。

 現れたのがオスカーだけであることが問題だったのだ。何故エイデンがいない。だが扉の向こうに正解があった。

 血だらけに染まったスーツを纏った肉塊は転がっている。白人のスキンヘッドの男性。トムはこの風貌を知っている。

 

「エイデン社長は……エイデン社長はどうなった!?」

「…………」

 

 オスカーとトムの視線が合わない。

 オスカーにとっては過ぎたことだ。死んでしまったエイデンに最早関心はない。ただ満たされることがなかったのだと結果だけが彼の心にはあり続ける。

 

「止まれ!」

 

 右手が左肩を掴む。

 煩わしい。

 今から最後を取りに行くと言うのに。何故誰もが邪魔をしたがるのか。

 

「どこに行くつもりだ、オスカー!」

「……トム・ウィルソン。エイデンで足りなかったものが……アンタにどうにか出来るのか」

 

 出来るわけがない。

 だから時間の無駄なのだ。今、この瞬間にもアリエルを殺したいのだ。彼女を完全に否定してしまいたいのだ。

 

「オレの邪魔をするな」

 

 オスカーは肩を掴む手を払い、押し退ける。

 

「ヒッ……!」

 

 トムは彼の真っ黒な闇を感じさせる瞳に見つめられて思わず尻餅をついてしまう。仕方がない。命のやり取りの中で生きてきた様な人間ではないのだから。

 邪魔のない二人きり。

 扉が開けば待ち望んだ相手だ。

 

「……アリエル」

 

 真っ白な部屋に美しい少女が一人。

 オスカーは頬を緩めて彼女に近づく。

 

「なあ、ダメだったよ」

 

 カチャリ。

 

 銃が突きつけられる。

 殺してしまえ。それでお前が満たされるならいいだろう。憎いのではないか。嫌いなのではないか。

 オスカーの心が囁く。

 

「オレはアーノルドもベルも……オリバーも殺した。ついさっきはエイデンも、だ」

 

 だと言うのに。

 

「アリエル。オレはアイツらを家族だと思ってたんだ。だから、愛したかった」

 

 何もない。

 

「でも、満たされなかったんだよ。なあ、オレは親から受けた様に親に愛情を与えた! アーノルドもベルも、オリバーもエイデンもっ!! なのに、なのにっ! あの時のようにはならない。何も……満たされないんだ」

 

 苛立ちが募っていく。

 愛だと思う。愛だと思いたい。これが愛なのだと、愛でなければならないのだと彼は叫ぶ。

 

「それは」

 

 アリエルの言葉がオスカーの心を刺し貫く。

 

「親を殺した時、あなたが愛なんて持ってなかったからじゃないですか」

 

 オスカーは彼女の言葉に噛み付く。

 必死な形相を見せて。

 

「違う……オレの愛なんだよっ!!」

 

 彼は吼える。

 これは彼の精神の根幹に関わってくる部分だからだ。きっと彼の愛は精神防衛の役割もあったのだろう。

 

「親を殺した時、あなたは何を思った」

「……違う」

 

 愛だけだったはずだ。

 痛みによって成り立つ愛だ。愛以上に優先されるべき感情ものはない。

 

「親と同じことをしていると言ったあなたは……親と一緒に生きることがずっと苦しかっ────」

 

 ガンッ!!!

 

 アリエルの視界が揺れる。唇が切れたのか血がポタポタと床に落ちる。

 

「人でもないお前が……家族を語るな」


 オスカーには許せなかった。

 彼女の口から吐かれる言葉を続けさせることが。だから否定しよう。何もかもを。

 吐き出して、壊して、終わりにしてしまおう。彼女の減らず口も。へし折ってなくしてしまおう。


「オレは……」


 ゆっくりと近づき、アリエルの拘束を解除する。


「お前を殺す」


 完膚なきまでの否定を彼女の体に叩き込もう。人ならざる彼女に。


「アリエル・アガター」


 虚偽の家族を語る彼女に。

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