第138話

「血迷ったな、エイデン」

 

 『牙』の機能が停止している。

 だからだ。

 

「……がっ、ふ」

 

 ドクドクとエイデンの胸の中心から血が溢れる。穿ったのはミアが放った弾丸などではない。今しがた現れたオスカーが撃ち放った物。

 煙が上がる。

 血反吐を吐いたエイデンを見てオスカーは顔を覆い隠すヘルメットを外す。ドス黒い目が少しばかり細まり、口は嗜虐的に歪む。

 

「……な、ぜ」

「何故、ね……ここまで来たら詰みだろ、エイデン」

 

 追い込まれすぎている。

 エイデンは既にオスカーに頼る以外に術がなくなってしまっている。ならばオスカーが手伝う理由としてはあまりにも弱い。

 頼る命綱がオスカーだけになってしまったなら裏切ってしまうのも悪くない。敵に回す物が小さく済み、なによりも『家族』を殺すことができるのだから。

 

「なあエイデン……オレに愛をくれよ、愛させてくれよ」

 

 蹲ったエイデンの身体を右足で蹴り飛ばす。パワードスーツは機能していないが、オスカーの身体能力は『牙』の中でもトップクラスだ。まるでサッカーボールが蹴り飛ばされた様にエイデンの体が血を垂らしながら転がっていき扉にぶつかって止まる。

 

「オス、カー……」

「…………」

 

 オスカーは見下す。

 

「君は、神を…………」

 

 夢に賛同してくれた筈だ。

 だと言うのに、何故。

 エイデンが問いたいことは全てを聞かずとも理解できる。長い付き合いだから。

 オスカーは冷めた顔をしてエイデンを見つめる。

 

「どうだって良いんだよ、んなモン」

 

 神など興味がない。

 

「オレは神なんかよりも愛が欲しいんだ、愛が与えたいんだ。だから、なぁ受け取ってくれよ……オレの愛を」

 

 酷く歪だと言うのに、これを彼は真っ直ぐに愛なのだと曰うのだ。

 

「エイデン……オレとアンタは家族なんだろ?」

 

 銃は迷わない。


「だから……なぁ」


 冷徹に人を殺すのだ。穴の奥から発射された弾丸は音速を超えてエイデンの脳天を貫通し、弾けさせる。

 

「ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 ひとしきり笑った後、途端にオスカーの声がピタリと止んだ。

 

「なあ……何がいけないんだよ」

 

 満たされない。

 足りていない。

 家族を殺したと言うのに。

 

「……お前は家族なんだろ?」

 

 オスカーの心が埋まらない。

 

「何で、オレを満たしてくれないんだよ」

 

 突然に現れたオスカーは異質だ。

 ミアにもオスカーの異常性が理解できた。副団長という言葉では擁護できない程の狂気が垣間見えた。

 

「……まあ、いいか」

 

 相手はまだいる。

 殺したいと思うほどの相手が確実に。エイデンを殺しても満たされないと言うのなら。

 

「アリエル……あとは、お前だけだ」

 

 オスカーの言葉にミアが銃を構え、即座に撃ち放つ。だが、反動を上手く処理できない。弾丸は外れて壁に辺り、減り込む。

 

「止まってください」

 

 『牙』が作動しない今、ミアがオスカーに銃弾を当てられる自信はない。

 

「……ミア。お前に興味はない」


 ミアに対して感情が湧かない。高揚感がない。彼女を殺すことにオスカーは価値が見出せない。


「止まれって言ってるの!!」

 

 ドロリとした暗い目が、ミアのすぐ目の前まで近づいていた。

 

 ゴキッ。

 

 鈍い音が上がると共にミアはくぐもった声を漏らしてその場に倒れ込む。右腕の骨が折られた。

 

「お前じゃダメなんだよ」

 

 オスカーは躊躇いもなくミアの頭を蹴り飛ばし、扉の方へと歩いていく。

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