第137話

 

 ミアはゆっくりと銃を持ち上げてエイデンに向けた。

 覚悟はできている。

 彼を殺すには充分以上のものが。

 

「憎いかね?」

 

 ミアに恨まれることをした覚えがないかと問われれば、エイデンは心当たりがないと答えれば嘘になる。例えば『牙』の仲間が死んだこと。または彼女の家族を巻き込んだこと。

 

「…………」

 

 ミアは答えない。

 仮面で隠れた彼女がどの様な顔をしているのか窺い知ることはできない。

 

「アリエルちゃんは……いるんですよね」

 

 アリエルの名を聞いた瞬間に襲い掛かったエスターが彼と繋がっているのならば、アリエルの居場所を知らないはずがない。カタリナは確信に近いものを覚えながらエイデンに尋ねる。

 

「…………」

 

 エイデンは黙ったままだ。

 

「答えてください!」

 

 なぜ答えようとしない。

 僅かな憤りを感じながらカタリナが急かしたてた。

 

「死んだとは考えないのかね?」

 

 当然、エイデンがアリエルを殺すはずがない。彼女は重要なピースなのだから。

 

「死────」

 

 何故か可能性を考慮していなかった。

 攫うと言うのなら殺す事はまずないと思っていたのだ。

 

「エイデンッッッ!!!」

 

 ミアの吠える様な声が響く。

 

「可能性の話だろう? 私は別に彼女を殺したなどとは言っていない。既に君たちは私が彼女を攫う様手引きしたと言う結論に至っている。それは認めよう」

 

 正解だ。

 

「無事かどうかを語る義務はない。私が言ったところで信じるのかね?」

 

 エイデンは言葉を転がし時間を稼ぐ。

 これはあくまで希望に繋ぐためのものだ。間に合わなかった、ならば間に合わせるのだ。

 

「答えろ、エイデン! ここにアリエルはいるの!?」

 

 叫びたてる声にエイデンは努めて冷静な声で対応する。

 

「ああ、ここにいる」

 

 五体満足、丁重に扱っている。

 

「だが、ミア・ミッチェル。果たして彼女のためにそこまで君が奔走する理由はあるか?」

 

 最大限まで引き伸ばす。

 ポケットに相変わらず右手を入れたまま。本来ならば物を入れないパンツのポケットに彼の手は収まっている。

 

「…………」

 

 銃口は真っ直ぐに。

 

「彼女は君の親を殺したも同然だ」

 

 アリエルの命の裏には多くの犠牲があった。ミアの両親の犠牲が。研究職員の犠牲が。

 

「何を……」

「彼女が生まれたことにより、君の両親は死んだのだ」

 

 だが、これは極端な話だ。

 

「今回の戦争も彼女がいなければ起き得なかった!」

 

 彼女の存在が全ての原因希望だった。

 

「君から全てを奪った彼女の為に一生懸命になる理由などあるのかと、私は君に問う。ミア・ミッチェル」

 

 捲し立てる様なエイデンの言葉はおかしなことばかりだ。誰かが生まれたからと言うだけで、別の誰か他の人間が死ぬなどあるものか。

 

「ミアさん!」

 

 カタリナの呼びかけが響く。

 

「……私は」

 

 ミアの答えは決まっている。

 

「もう、取りこぼしたくないから」

 

 銃口と目は真っ直ぐに目の前の男を見ていた。

 

「だから、アリエルがいるならここを通させてもらう」

 

 これ以上はミアから時間を稼ぐ事は不可能だと察したのかポケットに入れていた右手を抜き出した。

 

「何をするつもり! 持っている物を離せ! そうしないと撃つ!」

 

 ミアの警告など関係なしとエイデンは握り込んでいたスイッチを押し込み作動させる。瞬間にミアも銃のトリガーを弾いた。

 銃声がこだまする。

 

「…………」

 

 だが、ミアが撃ち放った弾丸は当たらなかった。

 

「この方法は取りたくなかったが……」

 

 エイデンが物寂しさを漂わせながら話していると、また一つ銃声が響いた。

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