第122話

 

 オスカーは昔の事を思い出す。

 それは暗い夜の事だ。

 殺した。

 殺した。

 殺した。


『お、お前は何者だ! し、侵入者か!?』


 彼は殺し続けた。

 喚き声も無視して引き金を引いた。

 他人の人生の幕を勝手に落とした。

 彼の生きる道はこれだけだった。

 心は、空っぽだった。


『ん……、ああ、なんだ』


 破裂するような音が虚しく響く。

 色は見えなかった。

 見えないというよりも慣れ親しんだこの色を今更、態々確認を取るように知覚しなくなったと言った方がいい。長年住んでいる部屋の壁の色を気にしない様に。


『終わったか』


 対面していた誰かの頭が弾けて吹き飛んだ。西瓜を落とした様な血の跡に興味などなかった。


『…………』


 終わってみれば、西瓜の頭と丸々と太った豚の身体。

 奇妙な怪物だ。

 豚が小綺麗な衣服を纏っていた。

 西瓜が人の言葉を介していた。

 どうでもいい。

 いつもの仕事の終わり、無感情に血溜まりの広がっていく部屋を出た。誰にも見られない様に。

 もしも見られたなら、殺してしまえばいい。結局はそんな物だ。いつも通りに。

 自らの主の元にオスカーが戻れば、開口一番告げられたのは労いの言葉ではない。


『戻ったか、オスカー。次は彼だ』


 写真が投げ渡され、依頼を告げられる。


『ああ』


 彼の心は壊れない。

 何もないのだから。

 何もなくてそれでいい。

 エイデンはオスカーに何もしなかった。彼がただ、人を殺す道具である事を求めた。都合がいいのだ。彼はきっと愛する人を殺せるだろう。愛が殺意になる様に。


 彼はどうでもいい人間を殺せるだろう。彼にとっては無関心で消えても構わないのだから。

 彼は嫌いな人間を殺せるだろう。

 存在するだけで腹が立つから。

 彼に殺せない相手はいないだろう。

 だから、愛も何もかも、彼の殺意を鈍らせることはない。だから使える道具だ。

 自分の子供という便利な、便利な道具。


『…………なあ、エイデン。オレは』

『?』


 何と言うつもりなのか。もう人を殺したくないとでも言うのか。いや、オスカーは言わない筈だ。

 


『──オレは愛が欲しい』

 


 そんな強請りの一つ、エイデンという男はどこまでも興味なさげに聞いていた。

『そうか』

 エイデンからオスカーに与えたのは多くの仕事だけだ。

 エイデンの愛はアスタゴの平和に捧げられている。

 この先に訪れる、この国の新たなる神話に。



「…………」


 アリエルを閉じ込めていた施設から出て、オスカーは青い空を見上げる。

 今までの行動に、愛に嘘はない。

 真実だった。

 全て愛だ。

 彼らのことを理解していた。家族として当然だ。理解ある殺人にこそ愛はある。

 オスカーは短く深呼吸をすると、目を細めて真っ直ぐに歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る