第104話

 

 オスカーの記憶の中に友達と遊んだ覚えも、家族と遊んだ覚えもない。

 あったのは愛だけだ。

 家族からの愛、たった一つだけ。

 それが現在のオスカーを構築している全てと言っても過言ではない。親から学ぶ道徳心は無く、覚えたのは愛という名の痛みだけだ。間違っているとは思わなかった。


 指摘出来るほどの教養をオスカーが得る事となったのはエイデンに拾われてから。ただ、教養が身についたからと言って、オスカーは歪んだ愛の形をどうもしなかった。

 痛みを愛とする精神性は深く根付き、もはや取り返しのつかない所まで来てしまっていたからだ。エイデンという男は彼の性質を直そうとは考えなかった。寧ろ、利用しようとした。


 だからこそ。

 彼は誰に間違いを指摘されることもなく、ただ生きてきてしまったのだ。

 彼を表現するのであれば間違った道を方向修正する事もなく、段々と進んでいったと言うべきか。

 迷子になった子供、と言うのが正しいだろう。誰も拾い上げてくれず、誰も声を掛けてくれず、だから前に進むしか選べなくなった、ただの子供。


 もう、誰かの声は届かない。

 途方もない道を歩いてきてしまった。

 たった一度の間違いだ。

 直される事のない間違いだった。

 暗い道をひとり。

 カツン、カツン、トン。

 足音が止まった。


「チッ…………」


 目の前の黒色の物体を見て思わず舌打ちをする。


「逃げられたな」


 情報が送られてきた。

 要求したエイデンからの位置情報だ。クリストファーが着ていた『牙』の発信機を辿る装置。ただ、意味はなかった。

 結果はこれだ。

 抜け殻。

 蟹を捕まえたと思って、それがただの脱皮の後だったと言う様な感覚。

 本人に着けられた訳ではないのだから、可能性としては確かに存在していた。ただ、オスカーは予想もしていなかった。


「血は……」


 残念なことに、此処で血も途切れている。恐らくは最低限の止血もしていったのだろう。


「…………仕方ない、な」


 流石にこれ以上に追いかける程に時間を費やす事は出来ない。位置情報も定かではないと言うのに、たった一人を探し出すのは凄まじい労力だ。


「……仕方ない、か」


 諦めるには難しい。

 胸の奥のしこりが取れない。だから、一つの妥協案を自身の中で出す。『いつか、殺す』と。

 オスカーは踵を返し、基地への道を辿っていく。


「最悪な一日だったよ、クリストファー」


 今日の最後を飾るにはどうにも気分の悪い出来事だ。気持ちよく明日を迎えられたらよかった、と愚痴のような物を内心で零す。

 開いていた目を閉じて、いつも通りの『牙』のオスカー・ハワードに戻る。

 

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