第103話

 思い返してみれば、クリストファーとの付き合いも長い物だ。

 初めて会った時は、アーノルドはクリストファーの事をいけすかない奴だと思っていた。どこか頭が良さげな態度と振る舞い。それがアーノルドのコンプレックスを刺激した。

 ただ、一緒に仕事をするようになり、気がついたこともある。

 クリストファーも悪い奴ではないと言う事だ。



「──チッ……!」


 脇腹に数個の穴。

 流石に動きも鈍くなる。

 動く度に、痛みは増していく。穴が開いて行く。

 『牙』の装着すらしていないと言うのに、良くもここまで耐えた物だ。しぶとさだけを見れば人間離れしている。限界は超えている筈だ。

 脳内麻薬の分泌による物か。


「ぐっ…………っあ」


 痛みから呻き声が口から漏れる。

 飛んで来た弾丸によって太腿が撃ち抜かれたからだ。立っている事が出来なくなり、アーノルドはその場に膝から崩れ落ちる。


「……なあ、クリストファー」


 彼の選んだ手段。

 これが最良の物だったかは分からない。

 動くことも出来ないアーノルドの脳天に突きつけられた、死。

 結果として、こうなると分かっていた。流石に予想はできていた。


「終わりだ、アーノルド」


 最早、数秒も猶予はない。


「頼んだぞ……」


 届くはずもない言葉を、既に姿の見えなくなった友へ送る。

 どうやら、クリストファーは逃げられたみたいだ。

 この事実に満足したのか、アーノルドは頬を僅かに緩めた。

 次の瞬間。


 ──バンッ!!


 銃声が全てを奪い去った。彼の眉間に穴が空く。新たに出来た穴から、血がコポリと漏れた。アーノルドの身体は抵抗できず力なく倒れ、地面に染みを作っていく。


「はあ、逃げられたな……。まあ、何とかなるか」


 アーノルドが死んだ。

 だからと言ってオスカーの心が満たされた訳でもない。渇きを満たすにはこれでは足りない。

 通信をとある場所に繋げる。


「──エイデン、オレだ。オスカーだ」

『ふむ、どうしたオスカー』

「頼みがある」


 通信の相手はファントムのボスたるエイデン・ヘイズ。


「──クリストファー・ムーア。彼奴は『牙』を身につけていた。位置情報を割り出してくれ」

『……情報は送る。君の行動に口は出さない、つもりだが。……仕事をやり遂げてくれると約束してくれるかね? 仕事それ以外は好きにするといい』

「分かってる。当然、仕事もしっかりとやるさ」


 何故、オスカーがクリストファーを探しているのかと言うことはエイデンには理解できていない。当然、オスカーの側にも愛という以上に重大な理由があると言うわけでもない。

 エイデンの計画は確かに進行し、重要な局面に来ている。アリエルと計画さえ無事で有れば、他は瑣末な事だ。


「お前はオレの家族だった。……ありがとう」


 礼だけを告げて、今し方死んだばかりの穴だらけのアーノルドから目を逸らし、血の行く先を辿る。

 位置情報はまだ送られて来ないが、血の道が続く限りは頼りにしても構わないだろう。


「さあ、クリストファー。お前も、オレの家族だからな」


 愛は平等に。

 殺人者としか言えない彼が、愛などを理由に誰かを殺すなど。どこまで行っても清廉とはならない。どこまでも落ちていった、闇。血で染まった世界が彼の人生だ。


「隠れんぼか、鬼ごっこか……」


 鬼のオスカーは夜道を進む。

 楽し気に。鼻歌でも歌いたくなってしまうような気分だ。

 彼は止まらない。

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