第98話
アダーラ教徒はもはや、抵抗など出来ない。荒く短い息を吐くだけで。
「ふざけないで……リビアはもっと苦しかった」
爆風に飛ばされ、炎に焼かれ。
想像するだけでも、苦しいとわかる。
だと言うのに。
この男は。
男の首に両手が向かう。
「……ミアさん。もう、終わったよ」
サイレンの音。
警察車両と救急車両がこの場に向かってきているようだ。
「もう、行こう」
そう告げたシャーロットの目にはアイリスが映っていた。きっと彼女は自分に会いたくなどないから。
でなければ、彼女はきっとここまで恨みがましげに見てこないだろう。
「……………」
首に伸ばした手をダラリと下ろしたミアの姿を確認してから、シャーロットは視線を背後に向けた。
担架で運ばれていく、見知った顔の青年が「あ、りがとう……ざいます」と途切れ途切れに伝えて、最後に先生と付け加えた。
「…………っ」
担架に乗せられた彼の顔はシャーロットからはよく見えなかったが、横を歩く少女を見て助けられて良かったと仮面の下で満足に笑う。彼女にどう思われようと。
シャーロットから見れば、アイリスは生徒であったのだ。
「──よかった」
ならば、彼女は守るべき存在であったという訳だ。もちろん、アーサーも。
夕日が沈んで行く中、スタジアム周辺で起きたアダーラ教徒による攻撃は収まりを見せた。
夜の帳が下りる頃、基地の扉が数度叩かれ部屋にいたオスカーは尋ねる。
「誰だ?」
誰であれ、何かがあると言う訳ではない。入ってくるものが何者であれ、動揺はない。散々に嘘をついてきた今までだ。
「アタシです。ベルです」
扉をオズオズと開けた黒人の彼女は、目に迷いが見える。
「どうした?」
何も知らない。
彼女が何を迷っているのか。オスカーには理解できない。
「あの、オスカー副団長」
ここで尋ねればオスカーはベルを殺す事は出来ない。これが考えられての行動であるか否かは置いておいたとしても、質問をする場として最も安全な地帯だ。
「……アリエルを攫ったのは、アナタなのではないかと……」
考えるのは性に合わない。
ベルという存在は盲目的なまでにオスカーを信頼していると言うのに。
こうして、疑うことすらしてこなかった。
「ベル。君はオレをどう思う?」
ここまで言葉を悩むと言うことは彼女自体、誰かに言われた言葉を認め難いものとして取り扱っている可能性がある。
その真意をまずは確かめよう。
「それは! ……それは、副団長がそんな事をするはずは無いと」
ベルの知っているオスカーという存在は光のような物で、手を差し伸べてくれた恩人なのだ。
アリエルを攫うなどといった悪事を働くわけもない。
あの男の言葉は所詮は推論でしか無いと考えれば、どこかホッとする。自分の好きな人が犯罪者であるとは思いたく無いのと似たようなものだ。
「そうか。やはり君はオレをよく見てくれている」
微笑んで見せれば、ベルもまた嬉しそうにはにかんだ。
「さて、オレもこれから……報告しないとな」
今日起きたこと。
例えば、オリバーが死んだ事。殺した相手を討ったこと。全員に連絡をして、待つ事数分。
準備は整った。
「あれ、オリバーは?」
アーノルドが赤髪を揺らし、左右を見るが見知ったオリバーの顔がない事に首を傾げたくなるが、まだ来ていないだけだろうとして目の前に座るオスカーに視線を戻した。
「──話を始めようか」
ただ、オリバーの居ないままに話を始めようとしたオスカーにアーノルドは思った事をそのまま口にした。
「おいおい! 副団長! オリバーが──」
「話というのは、その事だ」
「は?」
オリバーの事。
食い過ぎで倒れて部屋から出られないという類では無いだろう。明らかに。
「オリバーに暴動の鎮圧に向かわせたところ、殺された。後から救援に向かったが、悪い……。間に合わなかった」
茫然。
アーノルドには信じ難い事であった。信じたく無い事であった。手癖の悪さこそ目につくが、オリバーとの遠慮のない兄弟のような関係を心のどこかで気に入っていたのだ。
「……それで、オリバーを殺した野郎はどうしたんですか」
「オレが撃った」
アーノルドは小さく息を吐いてから。
「なら、良かったです……」
と、呟いた。
それなら、きっと死んでしまったオリバーも報われると言うものだ。
「他に、報告のある者は?」
オスカーの言葉に少しの間が空いた。
「私からは特にはありません」
クリストファーが答えると、続くようにアーノルドも問題なしと伝える。
「私とミアさんも、アダーラ教徒鎮圧以外にありません」
「……同じく」
シャーロットとベルが答えて、現状に関するそれぞれの報告が完了した。
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