第99話

 知っていた。

 止めはしなかった。

 賛同すらした。

 ただ、この選択を愚かだとは思えなかった。彼、技術者のトム・ウィルソンは目の前にある、数十メートルの鋼の身体を見上げた。


 全身は真っ白で冷気すら感じさせるほど。

 顎は髭が長く伸びているかの様に尖り、二重の装甲による強力な防御力と、攻撃手段の豊富さによって全てを上回る。機動力の低さこそ欠点として挙げられるが、気にする必要はない。

 神聖と潔白。


「これが……神」


 エクス社のエクスは秘匿されるべき物を隠していると言う面と、我々の手によってアスタゴという国へ利益を放出するという意味を持って付けたのだという。

 勿論、いずれ世界に公開されるデウス・エクス・マキナは国への利益の面であり、ただ、この完成までの道のりは当然のように秘匿されるべき事だ。


「後はほんの微調整、か……」


 感慨深いものだ。

 機械への憧れはあった。不謹慎な事ではあるが、戦争に使われたタイタンが展示されるとあれば嬉々として足を運び、残骸となったリーゼも率先して学んだ。

 天才設計士、マッテオ・ナスヴェッターの開発した二機を参考にし、それを凌駕する様に作り上げた最高傑作。


「正直、憧れていた」


 子供心に、マッテオに憧れ続けていた。

 だから、これが正しくなかったとしても、選択した事に後悔はない。これは彼の作品だ。トム・ウィルソンの人生におけるマスターピースと言っていい。


「だから、こうして形になったのなら……後は、動いてくれるのを見たい」


 例えば。

 例えば、彼の作品が人を大量に殺すとして。彼の思い描く神が大量殺戮兵器だったとして、彼はこう思うだろう。

 良かった、と。

 そのつもりで作ったのだから。

 神と言えど、兵器だ。

 どれほど多くの人間を殺せるかが重要なのだ。だから、点数が付くとするのなら何人殺せたかでつけられるべきだ。


「トム、経過はどうかね?」


 扉を開き、入って来たのはよく知るスキンヘッドの男の姿。野望の男、善意が捻じ曲がった狂気。

 エイデン・ヘイズが歩み寄る。


「良好です」

「それは良かった」


 眼鏡の位置を直しながら、トムが答える。


「……嬉しいです。僕もデウスを見られるなら、最高の状態を見たいですから」

「エンジェルの事かね?」

「ええ。……とは言え、計画を突然に変えると言うのは焦りましたが」


 エンジェルが拐われた段階ではデウスは不完全でも構わないと言う話だったが、見つけられた今、不完全で満足できるほどエイデンは甘くはなく、トムも作品に対する愛が無かった訳でもなかった。


「計画の変更は良くあることだ」


 社会的に仕方がない。

 他人は完全には理解できない。合理性だけで人は動かない。

 適宜、対応を考えなければならない。


「……それで、ハエはどうなりましたか?」

「ああ、とりあえずはどうにかなったよ」


 五月蝿くて仕方がなかったリチャードとフィンは処理した。何も問題はない。


「全く、理解できないな」


 愚痴のように溢した。

 まるで酒の席でポロリと言葉を漏らすように。あくまで、小さな話題のように。


「世界を救うには多少なりとも犠牲を要するものだ。だと言うのに、その犠牲を許容できないというのは……愚かだと、私は思うね」


 彼の視線はデウス・エクス・マキナへと向けられている。

 光と影の塊。

 その誕生に大凡、どれだけの犠牲があっただろう。

 その誕生に、大凡どれだけの希望が詰められているだろうか。

 全ては輝かしい偉業と共に、光へと飲まれていくのだと、エイデンは信じていた。

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