第89話
正直な話、アリエルにとっては他人というものは余り大切だとは思えなかった。
ただ、家族は好きであったし、仲間も楽しいと思えた。カタリナという女性も友人と呼んでいいだろうと思えるほど、良好な関係を築いてきたと言える。
短い付き合いではあるのだが、彼女の人生八年の中で大切な人は彼らだろう。
だから彼女にとって優先されるのは彼らで有り、その他大勢に対しては本当の所は無関心も良いところ。
だが、これは彼女が好きなヒーローの様な気がしない。だから、誤魔化す。
自分は困っている人に手を差し伸べるのだ、と。
「もしかして……私が冷たいのって人間じゃないからなのかな。心まで、そうなのかな」
独りぼっちで、ただ白い空間に監禁されてはこんな思考も湧いてくるのも仕方がないだろう。
自分は冷たい人間だ。
いや、人間ですらない。人間の真似事をしているだけなのだ。
誰も指摘していないはずだというのに、一人でに思い込んでしまう。
「好きだったんだよ……」
そうしたら、家族に対する情も、仲間への関心も、友達との思い出も全部偽りだらけの様に思えてきて、気味が悪い。
「ちゃんと……好きだったんだ」
だから、神になんてなりたくない。人として生きて、彼らと、彼女たちと笑っていたいのだ。こんな我儘、誰が聞いてくれるのかも知らない。
「……ああ、エマにはバレちゃってるのかな……」
誤魔化し切れていたのか、少しだけ不安になる。
あの時、本当なら確認するのは周囲への被害が最優先だったというのに、大事だからなどという理由でエマに安否を確認した事。
「嫌われちゃうのかな……」
実は、他人など興味ないと考えていることが悟られてしまったなら。それは嫌だ。嫌われたくない。エマは友達だから。初めて出来た友達だから、嫌われたくない。
心を許した人に見捨てられるのは嫌だ。
怖い想像ばかりがアリエルの脳を満たしていき、不安な色で染めていく。
「……嫌だ。……置いてかないでよ」
迷子になった子供の様に涙が溢れて、頬を伝う。抑えるための手も縛られて使えない。
泣いてしまうなど、みっともない。
ただ、精神的には八歳児。
涙を流すなんて珍しい事でもない。
「お父さん……、エマ……」
呻き声が白い部屋に響く。
誰かにとっての都合の良い存在になんかならずに、自分はユージン・アガターの娘でエマ・エヴァンスの友人として生きていきたい。アスタゴの国民を救済したいなどと、そんな聖人じみた願いなど
知らない誰かの神様になりたいなどと未熟な子供は思えるはずもない。
ただ、この場で彼女に寄り添う存在は一つもない。
「ひぅっ……、ぅくっ、ぐすっ……」
アリエルという一人の少女の涙が、天使などではない彼女の雫が白い床を濡らした。
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