第88話

「マルコ団長……?」


 エマが通信を繋ぐが先ほどから応答がない。まさか死んでしまったのではないかと一抹の不安が彼女の心に差し込む。

 フィリップの場合は頭部装甲を撃ち抜かれての死亡であったことが通信の繋がらない一番の原因であった。ノーシグナル、通信は断絶されている状況と言うわけだ。

 とは言え、戦場で誰がどのように死んだのかを確認する術はなく、する必要もあるかはわからない。


「……ふっ!」


 周囲を確認しながら少女は戦場に飛び込んで敵を撃ち倒していく。手始めに、とでも言うのか正面からアサルトライフルを抱えて迫るアダーラ教徒との距離を一瞬で詰めて弾丸のような速度のミドルキックで蹴り飛ばす。

 ボゴ、ギィッ。

 鳴り響いた音は鈍く、日常的に人体が発する音ではない。


 ──パンッ!


 続くように甲高い音が後方から他の銃声に紛れて響き、放たれた弾丸はエマの脇腹を掠めるが傷に至らず。


「そこ」


 背後の敵を確認して、銃弾を撃ち放つ。

 一撃目、──外れる。

 慌てることもなく、二発目に。

 エマがトリガーに人差し指を掛けた瞬間に目の前に居たアダーラ教徒は胸から血を零して、無抵抗に正面から倒れ込んだ。


「え?」


 生じたのは疑問。

 まだ自分は撃っていないのに、と。

 次に浮かんだのは気にする必要はないだろうという思考。獲物を取られたと言うわけでもない。絶対に殺してやりたいなどと考えてもいないのだから。


「エヴァンスか?」


 呼ばれた方向に顔を向ければ、立っていたのは自身と同じパワードスーツに身を包んだ男性。声から誰なのかは理解できた。


「マルコ団長……」


 良かった。

 通信への応答が無かったことに対する不安が晴れたことで、エマは安堵の息を漏らした。


「悠長にお喋り、してん……な!」


 更にマルコの背後から誰かが近づいて来ていた。頬を血で濡らした巨体の男だ。年の程はマルコと同じくらいか。


「……そうだったな。エヴァンス、死ぬなよ」

「……フィリップは」

「恐らく、な」


 確認は終わった。

 短いやり取りであった。ただ、今は死人への情けを見せる場合でも、弔いなどを考える時でもない。

 弾を装填。

 砕く心など、今はありはしない。心を鉄の鎧で覆い、前へと突き進むだけだ。


「マルコ団長……白髪、赤い目の医者がいたら殺さないでください。こちらへの敵対の意思はないそうです」


 背中合わせになってエマがマルコに告げると、マルコは銃を放ちながら尋ねる。


「アダーラ教徒ではないのか?」

「いえ、アダーラ教徒だと思います。……ただ、派閥が違うと」


 同時にトリガーを引いたからか、銃声が互いの背後から聞こえた。

 顔色は窺うことは出来ないが、マルコも暫くの間を置いて答えを返す。


「……分かった。だが──」

「敵対した場合は……殺します」


 分かっているのであれば構わない。

 敵対することとなった場合には生かす理由もなく、寧ろ殺してしまった方が早い。

 しかし、殺さずに済んで欲しいと思うのは人の考えとして何も不自然なことではないだろう。

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