第90話

 

 また、だ。

 また、同じことを繰り返す。

 自分の手の届かない何処かで、大事な人が消えていく。壊れていく。

 陰鬱とした気持ちは隠し切る事ができないほどに。

 すぐ近くを歩いている女性は、自分などよりは大人なのだろう。


「大丈夫、ミアさん……?」

「ええ、はい」


 不安を、心配を相手に抱かせたくはないと言うのに。心を完全に押し殺す術を持たない自分はきっと青いのだと、ミアは思う。


「シャーロットさん」

「うん?」

「シャーロットさんは、アリエルの事……」

「……心配だよ。──あの娘は優しいし、純粋だし、多分、『牙』の中の誰よりも子供だと思うから」


 顔色は見えないが、シャーロットの言葉に嘘はないと言うことは簡単に理解できる。


「だから、本当はアリエルさんが辛い目にあうのは私としては許せない」


 もっと彼女は優しい世界で生きていても良かったのだ。誰かの思惑に揺れず、誰かの悪意に晒されず。陽だまりの世界で穏やかな生を営めばいい。

 けれど、シャーロットの知らない前提がこの願いを不可能なものへと変えている。


「──私は子供に騙された事もあるけど、それでも子供を嫌いになれない」


 過去を思い出せば、確かに辛かったのだ。

 好きだった教職を辞さなければならなくなった事は悲しかったが、シャーロットに子供を恨むつもりはない。これは自らの責任なのだと言い聞かせて、前に進む。

 この前進が間違いであったかもしれないが、引き戻すことはもう出来ない。


「ファントムが彼女をこんな目に合わせてるって言うなら、ぶっ飛ばしたいなー……なんて考えてる」


 彼女は手を後ろで組み、ゆっくりと歩きながら呟く。


「ぶっ飛ばす……」


 シャーロットの口から出る言葉とは思えない物だったのか、ミアは少しだけ呆気にとられた。


「子供が泣いてるなら助けてあげたいし、寂しがっているなら寄り添ってあげたい。私は今まで、そうやって生きてきたから」


 こう言う考えしかできない。

 自嘲するような言い方で、それでも、きっと彼女は自身の価値観を間違っているなどとは思わないだろう。

 彼女がそう考える理由は簡単で、これが彼女自身が一番後悔しない生き方だと知っているからだ。

 ポツリと。


「……私は」


 彼女は心の内で強く願う。

 

 ──私は、もう二度と取り零したくない。

 

 と。

 一人で俯いていては目に入らないものがある。今度はきっと見つけ出したいのだ。これ以上の後悔を重ねないように。


「絶対に、見つけてみせる」


 決意に満ちた仮面の下。

 諦めなどするものか。


「ミアさん……。そうだね」


 アリエルという少女を救いたい。

 彼女が少しでも明るくいられるように。

 彼女が悲しまないように。


「じゃあ、頑張ろー!」


 今、できることを最大限に。


「はい……!」


 元気のいい返事が響いた。

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