第82話
疑念が確信に変わるとしたら、きっと全てが取り返しの付かない所まで来た時だ。
銃撃事件の鎮圧。
騒ぎが起きてどれ程が経ったのかを把握はしていないが、周囲に人は見当たらない。
現場に辿り着いたオリバーの初めの言葉は決まっていた。
「銃を下ろせ」
警告と共に銃を構えるが、相対する男は銃を下ろす気配は見えない。
顔を覆い隠すマスクの下でオリバーは怪訝な表情を浮かべながら様子を伺う。
何が目的なのかも分からない。
アダーラ教徒のテロ行為に紛れて、この事件を起こしたのかもしれない。
何であれ、事件を起こした男を止めるのがオリバーの役割で、理論も何も関係ない。
カチャリとグリップを握りなおす音がする。
「撃つぞ……」
本来であれば。
こうして『牙』が出てきてしまった段階で多くの者は諦める。ただ、今回ばかりは雰囲気が違う。
稀にある、自らの命も顧みないようなタイプの人間であるのか。
銃身は双方とも一定の角度以上を保っている。トリガーを引くだけで大凡十二グラムの命を奪う金属の塊を吐き出すだろう。
「……はあ、最悪だ。嫌な予感はしてたんだよ。でもなぁ……」
溜息を吐きながら呟く赤髪の男に対してオリバーは警戒を解くつもりは無い。
「仕方ない、よな」
乾いた音、火を吹いたのは銃撃事件を引き起こした男の持つ銃だ。
どうせ、当たったとしても『牙』のパワードスーツの前に、従来の弾丸は意味を為さない。
だが。
「ぐっ、うぅっ……!?」
次に痛みに喘ぐ声が響き、血が溢れた。
「わぁお……。武器は良いな、おい」
何が起きたのか。
オリバーの頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
何故か、左肩を撃ち抜かれた。
何が原因だ。
「ク、ソ……ッ!」
痛みに耐え、オリバーはトリガープルに掛けていた右手の人差し指に力を込める。
バンッ!
銃声が一つ。
「怖えぇ……一発でも当たったらアウトなんだよな。まあ、うん」
銃弾の軌道は男の顔から右に数十センチメートル離れた所を素通りする。
「……条件はほぼ同じか」
彼の持つ銃が『牙』のパワードスーツをも貫く威力があることが証明できた今、当たりどころによってはどちらも一撃の価値は似たようなものだ。
寧ろ、既に一撃を当てた彼の方が状況的には有利と考えることもできる。
「ふっ、はぁ……っぅ」
流れ出る血。
脱力感を覚える。
状況は最悪。
予想外にも程がある。慢心が無かったと言えば、それは確実に嘘だ。間違いなく慢心はあった。
『牙』を貫く兵器はそこらにそう存在する物では無い、と。
だから余計に考えてしまうのだ。
誰がこの武器を作ったのか、などと。
「落ち着けよ、俺……」
どれだけ自己暗示をしようと肩から感じる痛みに変わりはない。
ただ、勝てない相手ではない。疑問は全て終わってから考えればいい。
「……っ」
「ヒーローめ」
善悪など彼にも分かり切っている。
だから皮肉げな笑みを浮かべながら言ってやるのだ。
彼が吐いたヒーローという言葉に称賛の意味合いは薄かっただろう。
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