第81話

 

「助かったよ、ムーアくん」


 テロリストの撃退の礼を告げながらホールに現れたエイデンは、カツンカツンと革靴の底で床を叩き小さな音を鳴らしながらゆっくりとクリストファーに近づいた。


「……エイデン社長」


 クリストファーの声色はどこか落ち込んだ様子に思える物だ。


「彼らの事か? 心配は要らない。テロリスト共を放置して人が死んでしまうのは頂けない。既に警察も救急にも連絡している」


 エイデンの視線は血だらけで倒れたアダーラ教徒の服装をした者と、近くで倒れていたフィンへ向けられた。


「私と会いたいと言う警察官は……」


 フィンに目を止めて、悲痛の顔を見せる。


「ああ、不幸な事だ」


 こんな事になるとは思っても居なかったのかもしれない。エクス社に来てしまったことが彼の命を奪う事に結果的にはつながったのだ。

 そう言う事にエイデンはした。


「大丈夫かね、ムーアくん?」


 目の前に立つエイデンはクリストファーの顔を覗き込む。別にこうしたからと言って、エイデンにはクリストファーの顔は見えていない。


「いえ、少し……知人の死が堪えているようで……」

「ああ……彼は君の」

「はい」


 これ以上の会話は生まれない。

 ただ、エイデンもまた優しげな顔を見せながらクリストファーの左肩に右手を置くと。


「辛いだろうが、仕事に努めてくれ」


 クリストファーに同情する様に語りかけた。


「はい……」


 メモ帳を軽く握りしめながら答え、エイデンが去っていくのを見送った。


「……すまない、フィンさん」


 彼がエイデンに何を聞きたかったのかも分からない。だから、今は踏み込みすぎるのも危険だと判断した。

 握りしめた血だらけのメモ帳に目を通さなければ動けない。このメモ帳を警察組織もファントムも重要な事だと考えていなかった事は幸いであった。


「──うん?」


 クリストファーへアーノルドから通信が入る。


『大丈夫か!?』


 突然に響き渡ったアーノルドの声に顔を顰めながらも応答。


「問題ない」

『そうか』

「そっちはどうだ」

『こっちは変化なしだ』


 ああ、成る程。

 何となくクリストファーにも理解できてしまった。あの集団は確実にフィンを排除する為に送り込まれたのだと。

 いや、クリストファーにはもうフィンという不都合な存在を殺す為に差し向けられたとしか考えることが出来ないのだ。


「気を付けろ……アーノルド」

『お前もな』


 通信終了。

 嫌な程に情報は頭の中で整理されていく。確かに、今回の出来事から考えてもエクス社の内に黒幕が居ると考えるのはおかしくないのだ。

 寧ろ、この方が当然と言う程にしっくりとくる。

 故に、一層強くクリストファーは誓う。

 フィンと、彼の部下の正しさを命を懸けてでも証明しようと。

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