第77話

 

 自らに取り付けられた爆発物を起動させた瞬間、少女は一つ願ったのだ。

 

 ──ああ、普通に生きたかった。

 

 と。

 学校に通って、友達と笑って平穏な生活をしたかった。優しい父と母と厳しくも楽しい生活を送りたかったと。

 求め過ぎているのかもしれない。

 普段は付けているベールも脱いで、こうして肌を晒す事を神は許してくれるだろうか。

 せめてもの抵抗だったのかもしれない。何もかもを奪い去っていく世界を、正義を彼女は疑ってしまっていたのだから。


 清貧に生きてきたつもりであったのに。

 嫌になる。

 死にたくない。

 痛いのは怖い。

 ただ、もう既に捧げてしまった。

 返ってはこない。

 恐怖も束の間だった。

 この運命は彼女の両親が過激派であった事が元々の原因だったのかもしれない。

 

 

 目の前で少女が爆ぜたなら、人は恐らく惑うだろう。

 真面な価値観を抱いて、命という物を尊いと考えているので在れば当然の様に。

 肉の焦げ付く臭い。残ったのは弾けた少女の肉片と何人かの死体。

 爆発の起きたすぐ近くにたった一人が立ち尽くしていた。


「……あ」


 フィリップの脳内を埋め尽くしたのは戸惑いと、疑念だった。

 肩を掠めた凶弾が確かにフィリップに傷を付けたことはどうでも良い話だ。アリエルと分かれて戦場で敵兵を殺していた。

 そんな中に一人の少女が歩いてきた。

 流れ弾で死んでもおかしくなかった。

 逃げ遅れたのか。


 目の前に立つ少女をフィリップは敵だと思うことはできなかった。短かな銀髪、褐色の肌、青色の目。

 幼なげな顔立ち、肉付きが良いとは言えない身体。

 少女は無感情に命を散らした。

 掛けようとした言葉と、伸ばす手の所在を失ってフィリップは呆然と立ち尽くす。弾け飛んで来た肉片、眼球、赤い液はこびりつく。


「……な、んで」


 分からない。

 何故、彼女はこんな事をしたのか。

 いや、そもそも。

 あの様な幼い少女を殺してしまう事になる自らを真実、正義だと言い張ることは出来るのか。

 真っ白になっていく頭の中、胸を銃弾が撃ち抜いた。


「あ……?」


 ドクドクとフィリップの胸の中央辺りから血が溢れて、先程に浴びた少女の体液と混ざり合う。

 どこからか。

 そこらで起こる銃撃戦の音の中から、位置を割り出すのは困難な事で。

 瞬く間に、フィリップの脳天が撃ち抜かれた。


「よくやった、バラカ」


 遠く離れた位置からスナイパーライフルを構えていた男は無表情でありながら、少女の喜捨を褒め称えた。


「まずは一人だ」


 彼はカイス・スフヤーン・イクバール。

 アダーラ教穏健派を裏切り、アサドと繋がっていた内通者である。

 犠牲。

 生命の喜捨。

 果てに楽園。

 アダーラの選民的思想に満たされた唯一の国を作る。それがカイスとアサドの目的。支援者Xの提案は渡りに船であった。


 兵器と軍資金の提供。

 これ以上に上手い話はないと、楽園へと近づくために彼らは動き始めた。

 エイデン曰く。

 これ以上にない程、単純な頭で動く駒で実に御しやすいと。

 どうせ神が踏み潰すのなら好きな様にさせれば良い。彼らの夢想など、神という圧倒的な力の前には無意味なのだから。


「さて、俺も撤退するか」


 流石にアーキルに見つかってしまっては不味い。一人を処理できたのだから、求め過ぎはいい事ではない。今のうちに殺してしまうのも良いが、見当たらない。

 ならば大人しくするべきだろう。

 言葉通りに彼は撤退を始めた。

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