第68話

「で、エンジェルってのは……」


 炎が囲む三百六十度。

 熱波が襲う、五百度を超える世界。

 見回した炎の立つ向こうに、散乱した燃え上がる机の向こうに。


「クロエ!」


 彼女が見えた。


「おい、お前。何でエンジェルの場所も教えねぇんだよ」


 文句は幾つかある。

 エンジェルを攫って欲しいと言っておきながら、より細かい情報をユージンに与えなかったのだから。


「どうして……ここまで」


 クロエとしても予想外だった。

 あのような願いをしておいて、ユージンがここまで来ることを期待していなかったのだから。警報機が鳴り響くうちにエンジェルを連れ出し、混乱の中姿を眩ませようとしていたのに。

 それもこれも爆破炎上のお陰で全て台無しだ。


「死ぬかもしれないのに……」


 元々の囮として使う作戦であってもユージンの身に危険はあっただろうが、ここまで来てしまっては身の危険どころではなく命の危険になってしまう。


「いいからさっさとエンジェルの場所教えろ。それが契約だろ」


 思い出したかの様にクロエはエンジェルのいる方へと歩き出そうとして、ユージンの背後に迫る黒ずくめを見た。


「ユージンっ!」

「喚くな、知ってる」


 回し蹴り。

 オスカーの身体がバウンドしながら吹き飛んだ。


「コイツで沈んどけ」


 吹き飛ぶ身体に追いつき、右脚を勢いよく振り上げ、オスカーの頭に踵落としを叩き込んだ。

 雷鳴。

 そう思える様な轟音。


「っあ……!」


 死んでいなかったとしても、暫くは立ち上がれない筈だ。

 どの道、このような燃え上がる環境で意識を失うことは最悪な状況のはずだ。


「強い……」


 ユージンの強さに驚愕を覚えながらも自らのすべき事を成さなければならぬと、エンジェルの培養器の側に寄って培養器を開く。無抵抗に倒れ込んだエンジェルは未だに眠ったまま。


「ユージン! こっち!」


 呼ぶ声にユージンは振り返りクロエの方に歩いていく。


「……コイツがエンジェルか」


 ミカエルのクローン。

 性別は違うが、どこか彼の面影が見える。端正な顔立ちをしている。十歳ほどの彼女の肌には染み一つなく、僅かに乳房がぷっくりと膨れている。


「大丈夫か?」


 エンジェルの身体を抱き抱えるクロエは苦しそうに見える。

 無理矢理エンジェルをクロエの腕から奪いとり、肩に担いだ。


「──んで、脱出は何処からすんだよ」

「あそこに非常口が……」


 流石に裸は不味いと思ったのかクロエは着ていた白衣を脱いでエンジェルに掛ける。


「成る程な」


 しっかりと脱出経路は考えていた訳だ。

 歩き出そうとした瞬間に、非常口を塞ぐ様な爆発が引き起こされた。

 犯人はたった一人。


「ゴキブリかよ、お前……」


 呆れた様な目でフラフラと頭を抑えながら立ち上がるオスカーを見つめる。


「エンジェルを……寄越せ……」


 懐に手を伸ばした。

 向けられた銃口に動揺を見せるのはクロエばかり。ユージンには感情の変化など一切見えない。

 ユージンが先程入ってきた道を塞ぐ様にオスカーが立っている。


「他の経路は?」

「全部塞がれてると思う……。あっちからしか」


 クロエが目を向けた場所はオスカーが塞いでいる。

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