第54話

 

 一先ずの仕事の完了にオスカーは胸を撫で下ろす。

 基地内に入って普段通りに。

 ポーカーフェイスは苦手ではない。目を細めて、『牙』副団長のオスカー・ハワードへと代わる。


「よし、こんなもんだろ」


 さて、いつも通りの世界に生きようか。

 言い聞かせて基地の扉を開く。

 扉を開けば、偶然、目の前を通り過ぎかけた男が足を止めた。


「見つけたぞ、ハワード。話がある」


 声をかけてきたのは『牙』という部隊の中で唯一、オスカー以上の権力を持つ人物、マルコ・スミスだ。

 さて、どう話したものか。

 後からアリエルの所在に関して尋ねられて仕舞えば面倒極まりない。ならばさっさと話して問題として表面化させた方が今後の動きとしても楽になりそうだ。


「オレからも、団長」

「……そうか。付いてきてくれ」


 オスカーは思考する。

 今、求められるのは時間を稼ぐ事だ。目的の為に。ならば嘘を吐く方が何も知らないフリを見せるより、説得力が増す。

 いつも通りに団長執務室へと案内を受けて、椅子に座り込んだ団長が口を開くのを待つ。


「──戦争だ」


 成る程。

 オスカーは顎に右手を添えて、指先で撫でる。常ならぬ顔を覗かせるマルコの顔を見れば『牙』にとっても関係性が全くの透明である訳ではないくらい理解できる。


「どこと、ですか?」

「テロ組織、アダーラ過激派、アンクラメトとの戦争。ロナルド大統領が宣言したんだ」


 計画通りに事は進んでいる事をオスカーは実感する。これだ。この通りなのだ。

 初めから計画は戦争を起こす土壌を完成させるつもりで動いていた。ニヤつきそうになる口元を無理矢理に押さえ込む。


「軍部から我々に協力要請が出た」

「そうですか」


 納得出来ないわけがない。

 『牙』のパワードスーツのスペックは相当に高い。性能の高さを軍が理解していない筈がない。


「だが、我々はアスタゴ内部の治安維持にも努めねばならない。何せ、あの事件があった後だ……」


 アスタゴと言う国はかつてない程に混乱している。丁度いい。だからこその計画とアリエルの誘拐の指示であったと言うわけだ。


「どうしますか?」

「何人かを武力として送る」


 結論は出たようで、どこかすっきりとしたような顔を見せる。


「……他のメンバーに話す前に副団長である君に話したのは私の心の整理をする為だった」


 溜息を吐いて彼は続けた。


「君は常に冷静で、頼りにしている。……団長として、私は務めて冷静でなければならぬと言うのに」


 現状も焦るばかりであった。

 などと天井を見上げ話す彼から顔を逸らすことはない。


「君と話して頭も先ほどより回るようになった」

「すみませんが、団長」


 また混乱に陥れるような事を言うことになるが。


「アリエルと共に外へ出かけたところ、不意を突かれ攫われてしまいました」


 さて、どう指示を出す。

 現在、『牙』の団長であるマルコに課された三つの問題。戦争への協力、治安の維持、アリエルの捜索。


「何……?」

「すみません、オレの不手際で……」

「いや……君だけの所為ではないだろう」


 マルコはオスカーを信じている。信じ切ってしまっている。疑うと言う行為をしない。


「治安維持に当たる面々にアリエルの捜索も任せる。……大丈夫だろうか?」

「分かりました」


 暗く深い闇がマルコの前にいると言うのに、柔らかに閉ざした目蓋にくらまされる。

 

 ──さあ、神話を始めよう。

 

 暗躍する幻影ファントムは静かに嗤う。

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