第36話
炎炎の最中に一人の男の雄叫びが響く。
焦熱地獄の中で、彼は怒る。
「……アーノルド」
叫ぶ仲間の様子を見ながらもクリストファーは最適解を求める。
「──ゲホッ……エァ、ゴホッ」
呻き、咳き込み。
息をする。
助かりそうにもない。
彼らのそばに近づいて、アーノルドは手を握る。
「生き、てる……! 待て! 絶対に助ける! 死なせない! だから、頑張ってくれ!」
肺に満ちた高温の熱は肺を焦がし、身体は焼け爛れ、未だ息をしているのが奇跡と言える有り様。
「こちらクリストファー。応答願います……」
だが、やらなければならない事がある。ここまでの惨事を目の当たりにして報告をしない方がどうかしている。
『こちらオスカーだ。どうした』
聞こえてくるのはスタジアム側の警備を任された者たちのリーダーの声。
「……攻撃を受けました。まだ仕掛けられる可能性があります」
『了解』
爆発の中心近くに居た人々の中には先程の少女二人、オリビアとソフィアが含まれていた。
あの爆発の中で生き残る事ができたのはパワードスーツを着ていたアーノルドとクリストファーくらいのものだ。
「クソッ! 死ぬな! 待て!」
心臓マッサージを行うアーノルドの姿が見えて、クリストファーは思わずに目を逸らしてしまう。
助かるはずもない。
息をしている。
ただそれだけだ。
頭蓋骨が歪み、大量の出血。見込みは何処にもない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
分かっているはずだ。
アーノルドにだってこんな行為に意味がない事くらいは。
パァンッ!
彼の悲痛の叫びを切り裂く様に銃声が高らかに響いた。
まさか。
「アーノルド! まずい!」
「そんな場合じゃないっ!」
「現実を見ろ!」
銃を持った集団が列のできていたはずの後方から集まってくる。警察官、ではない。
「敵だ! 被害が拡大する前に食い止めるぞ!」
「クソッ! ごめんな……、ごめんなっ」
タイミングが良すぎる。
まるで計画されていたかの様に。最初の自爆攻撃も、この攻撃も。
「──我らの、正義の為にッ!」
高らかな叫びと共に彼らは駆け出した。
装備は迷彩服。黒の布を顔に巻き付け表情も人相も見えない。クリストファーの頭の中にアダーラ教徒の名前が過ぎる。
「正義……」
この言葉は印象強い。
彼らの中には正義の為であれば玉砕をも厭わない過激な思考を持つ者もいる。
「アーノルド、アダーラ教徒だ!」
「……んな事は、どうでもいい」
誰がどうだとか、何が関係ある。
彼らはテロリストで、悪人で、裁くべき存在だ。そこには思想など関係ない。
「俺は……俺はっ! こいつらを許しちゃならねぇんだ!」
アーノルドが駆け出した。
最も近い敵に向けて突進、パワードスーツ『牙』の効力で上がった身体能力により相手を吹き飛ばす。肋骨の二、三本は折れた事だろう。
彼の中の理性のストッパーは、ほぼ外れている。遠慮などするつもりもない。
「お前らは全員……倒す!」
殺す、と言う言葉が出なかったのはアーノルドがギリギリの所で踏みとどまったからだ。だが、内心はこんな奴らは死んでもどうでも良いと。
殺意は隠れもせずにその場に充満する。
「ひっ……」
誰の恐れか。
臆病風に吹かれたのか。僅かにアダーラ教徒が後退る。
何かがおかしい。
ただ、違和感の正体に彼らは気がつかない。
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