第37話

 

 例えば、攻撃が仕掛けられることが分かっていたとしても予想外と言うものが存在する。

 これはフィリップとオスカーが担当していた警備位置で発生した。

 スタジアムの入り口は三つ。

 クリストファーの連絡から数十秒遅れる事暴走トラックが迫る。


「…………」


 完全な対処には時間が足りなかった。

 トラックは列に並ぶ人々を跳ね飛ばそうとした。所で、トラックの前輪がパンクした。

 オスカーの放った弾丸が原因だ。


「これで一先ず、大丈夫だろう」


 トラックを止めたことにより人が跳ね飛ばされる事は無くなった。後は運転している人間を殺すか、捉えるか。

 銃をオスカーが運転手に向ける。

 再度、トリガーが弾かれた。


「オスカー副団長、流石──」


 です、とフィリップが続けようとして巨大な音が周囲に響き渡った。


「…………おりか」


 音が奪われた世界でオスカーが小さな呟きを漏らした。

 何を言ったのかは誰にも聞き取れなかった。それ程に爆音が凄まじかったのだ。


「何が、起きた……」


 目の前で起きた事象。

 単純に爆発とは分かっていても、理解はしたくなかった。


「元から自爆攻撃だったわけだ……」


 列後方で人が吹き飛んだ。

 燃え盛る地獄。この光景を避ける事はできなかったのだろうか。


「まだ、来るか……」


 音のある世界が戻ってくる。

 フィリップはオスカーの声を拾い、トラックの後ろを睨む。

 そこには黒の布を顔に巻きつけた迷彩服姿の集団が銃を持ち、構えていた。

 

「正義の名の下にっ!!」

 

 高らかな宣言と共に正義を騙る者達は走り出そうとする。

 フィリップの右手が黒色の銃のグリップを握り込んだ。


「許せないなぁ……。キミ達の……どこが正義だって言うんだ」


 フィリップは銃を撃ち放ち最も近くの敵を殺す。完璧なヘッドショットだ。惚れ惚れするほどの。


「ボクは……悪を許したくないんだよ。正義を騙る悪なんてものは、この世で最も許してはならない悪だ」


 冷め切った声、仮面に隠れた顔。

 何も見えないが、きっとフィリップは絶対零度を感じさせるほどに。

 憎悪も何もかもが消えた、怒りすら覗くことのできない無を自らの顔に貼り付けていただろう。


「なあ、仕方ないよな。ボクがキミ達を殺すのは……。間違ってないよな」


 ゾワリと彼の声が聞こえる者達は背中を走る怖気に凍りついたかのように、永久凍土の大地に立たされたかのように膝が笑い、動くことが出来なくなる。


「……殺せ」


 アダーラ教徒と思われる集団は銃を乱射し始める。

 飛んで行くのはフィリップ達のいる方向……ではない。

 逃げ惑う人々にだ。また、人が死んで行く。助けると言う手段を選ぶことができない。


「……殺、す」


 被害を抑えるには敵対者を迅速に殲滅することが最適解なのだとフィリップの脳が導き出す。

 最悪の戦いが青空の下で始まった。

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